うつろ)” の例文
もみの木である。此境内にたつた一本ある樅の木である。口碑から云へば百五十年以上の老木である。根元のうつろに、毎年熊蜂が巣を作る。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
又その根の半分枯れたところにうつろがあって、深さ六、七寸、それが怪物の口であろう。ゆうべの灰と火がまだ消えもせずに残っていた。
まるで大きなうつろの口のように暗く開いて居るので、其処から引返して、がらんとしたかどの茶亭の白けた灯を右に見て、高台寺の方へ歩いて行く。
六日月 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
また白紙の札に妙な梵字ぼんじような字で呪文が書いてはってある。鍋被の女には歯というものがないようだ。いずれも虫が食ってしまったらしい。口中こうちゅうは暗いうつろである。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
上瞼うわまぶたが弓形を作り、下瞼が一文字をなした、潤みを持った妖艶な眼は、いわゆる立派な毒婦型であったが、今はその眼がうつろのように、光もなく見開かれていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その啄木の戦法というのは樹体じゅたいうつろにふかく隠れ、容易に外に出てこない虫のむれを、樹皮の側面から嘴でたたいておびえた虫の群がぞろぞろ表面に出てくるところを
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
餞別せんべつというほどでもねえが、裏街道を通って萩原入はぎわらいりから大菩薩峠を越す時に、峠の上の妙見堂から丑寅うしとらの方に大きな栗の木があるから、そのうつろの下を五寸ばかり掘ってみてくれ
こうしてまっ黒な口をあけながら物も言わぬ形を見ているうちには、さっきまでなりひびいた声より幾倍か恐ろしい邪婬の呻きが、煙のような渦をまいてあのうつろからきこえてくるわ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「いまも京町さんと話をして居たことです。ソフトカラーをしているお互いは、ネクタイで締められないように用心ようじん肝要かんようだとナ。ハッハッハッ」先生はうつろのような声を出して笑った。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蒼白い顏や、痙攣けいれんする唇や、うつろな眼から、平次は事件の重大さを一ぺんに見て取つたらしく、何よりこの娘の心持を鎭めて、その口から出來るだけの事を引出さなければと思ひ込んだのです。
そのうつろのやうな咆哮を立ててゐるかと思ふと、今度は梟の鋭い鳴聲をさせて、小さなひゆう/\いふ音を立てて、底意のある意地惡さでもあるやうに、耳許へ一層低くその嚇しを繰り返してゐた。
竹を割った中身があまりにうつろすぎる寂しさ。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
われは今 わが心のうつろを眺む。
画家の午後 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
そこらにいた人たちの話では、その蛇は銀杏のうつろのなかに棲んでいたものだろうということで、勿論その女に関係はないのでしょうが、なにしろ若い女が髪をふり乱して倒れている。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蒼白あおじろい顔や、痙攣けいれんする唇や、うつろな眼から、平次は事件の重大さを一ぺんに見て取ったらしく、何よりこの娘の心持を鎮めて、その口から出来るだけの事を引出さなければと思い込んだのです。
女の声もうつろであった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)