檜扇ひおうぎ)” の例文
その市の姫十二人、御殿の正面にゆうしてづれば、神官、威儀正しく彼処かしこにあり。土器かわらけ神酒みき、結び昆布。やがて檜扇ひおうぎを授けらる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は年の頃十八、九であろうか、はかまを穿いていた。そうして上着は十二単衣ひとえであった。しかも胸には珠をかけ、手に檜扇ひおうぎを持っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「冗談言っちゃいけませんそんな檜扇ひおうぎで品をつくる代物じゃありません。あっしは今晩から、姿をやつして、あの木賃宿に泊り込むときめましたよ」
顔に檜扇ひおうぎを当てた、一人の上﨟じょうろうが、丈なす髪を振り敷いて、几帳きちょうの奥にいる図が描かれてあって、それに感じた漠然ばくぜんとしたあこがれが、いまも横蔵の
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あおい海づらに逆まく渦潮うずしおのあいだにただよう弓だの矢だの檜扇ひおうぎだのはかまだのがいたましくまぶたに映ってくるのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分も縁側へ出て新しく水を入れた手水鉢ちょうずばちで手洗い口すすいで霊前にぬかずき、わが名を申上げて拍手かしわでを打つと花瓶の檜扇ひおうぎの花びらが落ちて葡萄の上にとまった。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
聖書と関係の薄い余にさえ、檜扇ひおうぎを熱帯的に派出はでに仕立てたような唐菖蒲は、深い沈んだおもむきを表わすにはあまり強過ぎるとしか思われなかった。唐菖蒲はどうでもよい。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女はゆるやかに十二単衣ひとえを着け終ると、淡紫の檜扇ひおうぎ(もちろんガラス製であるが)をもつて顔をおおひながら、橋がかりへ歩を移し、そこで扇をかざして婉然えんぜんと一笑した。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
檜扇ひおうぎに白いおもてをかくして立ち去ろうとする彼女を、泰親はかさねて呼び返した。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そうですのよ。ですから私ロデスの夫人おくさまやグラナドスの夫人おくさまがおこぼしなさるから、相槌あいづちは打っていますけれど、おなかの中ではね……オホホホホホ」と妻は耳輪を重たげに檜扇ひおうぎで口許をおおって
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
○十四日 檜扇ひおうぎの花を植う。
草花日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
第五番に、檜扇ひおうぎ取って練る約束の、おのがお珊の、市随一のはれの姿を見ようため、芸妓げいこ幇間たいこもちをずらりと並べて、宵からここに座を構えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また呼ばれたので、彼女は、あわてて走りかけたが、胸に挟んでいた檜扇ひおうぎが落ちたので、戻って、拾いかけた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見るみるうちに、それが美しい上臈の姿になって、檜扇ひおうぎにおもてをかくしながら涼しげな声でこう言った。お身は京に長くとどまっていたら必ず禍いがある。早う故郷へ戻られいと……。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お延は檜扇ひおうぎ模様の丸帯のはじを膝の上に載せたまま、遠くから津田を見やった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
花吹雪する真っ昼間、小町の方でほれたので、おれの方でもほれてやり、かむりのかざし落としたが、どうでも小町はいい女、柳の五衣に緋の袴、檜扇ひおうぎ持ったとりなりは、官女官女官女だア……
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふと心付いたさまして、動悸どうきを鎮めるげに、襟なる檜扇ひおうぎの端をしっかとおさえて、トうしろを見て、ふすまにすらりなびいた、その下げ髪の丈をながめた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)