かしわ)” の例文
夕方、森のなかで、ぎっしりかたまって眠り、かしわの一番てっぺんの枝がその彩色した果実の重みで今にも折れそうになるにしても——
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
最もよき場所はあぜを越えたるところに在り、とモルガンは指さして教えたれば、われらは低きかしわの林をゆき過ぎて、草むらに沿うて行きぬ。
だが、彼を追うているのは、ただ一条の陽の光りだけで、それがかしわの隙葉から洩れているにすぎない。それを滝人はまたたきもせずにみつめていた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
白樺しらかんばの下葉は最早落ちていた。枯葉や草のそよぐ音——殊にかしわの葉の鳴る音を聞くと、風の寒い、日の熱い高原の上を旅することを思わせる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
羊毛のような糸杉のまわりや、光線に貫かれてる黒い光ったかしわの木立の間に、情を含んで笑ってるローマの空の中にも、彼女の眼を見てとった。
庭には綺麗に刈り込んだ芝原と、塔のように突っ立ったかしわにれの木があって、ほかにも所どころに木立ちが茂っていた。
画面の左上のほうに枝の曲がりくねった闊葉樹かつようじゅがある。この枝ぶりを見ていると古い記憶がはっきりとよみがえって来て、それがかしわの木だとわかる。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は小刀で、彼はフウイヌムの斧を使って、かしわの枝を幾本も切り落しました。それを私はいろ/\に細工しました。
ところが岩手県では閉伊へい郡の北端に、普代ふだいの官有林というのが海に臨む段丘の上にあって、広大なかしわ林であった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かしわの大樹らしいのが、まばらまばらに立っていて、その細い枝が網のように空に交錯しながら伸びていた。
荒野の冬 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
蝋燭の火をたよりにそこらを検査すると、おなじ型の家具——三脚の椅子、一脚のかしわの木の長椅子、一脚のテーブル、それらはほとんど八十年前の形式の物であった。
山林のかしわの木はたとえその木の年寿が若くともそこらに生い茂る雑草や灌木よりは偉大であるように、十六の平一郎は無意識に内より湧く生命のままに生きて来たが
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
この偃地えんち性の小灌木は、茎の粗い皮を、岩石に擦りつけるようにしている、かしわに似て、小さい、鈍い、鋸の歯のように縁を刻んだ葉を、眼醒めざめるように鮮やかな緑に色づけて
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そら先刻さっきから薄暗くなっていたが、サーッというやや寒い風がおろして来たかと見るに、ならかしわの黄色な葉が空からばらついて降って来ると同時に、の葉の雨ばかりではなく
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
木製の椅子が一つい、夜も昼も寝ころんで空想にふける寝台が一脚、それから大きい黒いかしわの書棚が一個、そのほかには部屋じゅうに家具と呼ばれそうな物ははなはだ少ないのであった。
二本のかしわの古木の間に坐りながら、大気とともに満ち渡るなごやかな、ほっこりとした安らかさを深く深く呼吸する彼女は、髪の毛の先々にまで命の有難さを感じずにはいられなかった。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そう言えば、かささぎは、弾機ばね仕掛けのような飛び方をして逃げて行く。七面鳥は生垣のなかに隠れ、初々ういういしい仔馬こうまかしわ木蔭こかげに身を寄せる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その頃まで枯葉の落ちずにいるかしわ、堅い大きな蕾を持って雪の中で辛抱し通したような石楠木しゃくなぎ、一つとして過ぎ行く季節の記念でないものは無い。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのかしわの木は、片側の根際まで剥ぎ取られていて、露出した肌が、なんとなく不気味な生々しい赤色で、それが腐りただれた四肢の肉のように見えた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
植物園や円山まるやま公園や大学構内は美しい。エルムやいろいろのかしわやいたやなどの大木は内地で見たことのないものである。芝生の緑が柔らかで鮮やかでめば汁の実になりそうである。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
海に臨んだ岡の片岨かたそばに、くずの葉のい渡った所は方々にあった。越後の海府なども汽車で夏通ると、山はこれ一色で杉もかしわも覆いつくし、深紅の葛の花ばかりがけ出して咲いている。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのかすかな呼び声で、こっちへやって来るのか、遠くへ行ってしまうのかわかるのである。彼は大きなかしわの間を縫って、重たげに飛んで行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
話はやや北方に偏するけれども、ぜひとも言ってみたいのはかしわの林のことである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かしわの葉が北風に鳴るように、一寸したことにもすぐげきふるえるような人がある。それにつけて思出すことは、私が小諸へ来たばかりの時、青年会を起そうという話が町の有志者の間にあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
北風が来れば、かしわの葉がぐ鳴るような調子で
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)