晩秋ばんしゅう)” の例文
夕食後、いつものようにこの居間にこもって、見残した諸届け願書の類に眼を通し出してから、まださほどときが移ったとも思われないのに、晩秋ばんしゅうの夜は早くける。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それを正面のたかき石段いしだんにあおいで、ひろい平地へいち周囲しゅういも、またそれからながめおろされる渓谷けいこくも、四の山もさわ万樹ばんじゅ鮮紅せんこうめられて、晩秋ばんしゅう大気たいきはすみきッている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花は形が大きくつはなはだ風情ふぜいがあり、ことにもろもろの花のなくなった晩秋ばんしゅうに咲くので、このうえもなくなつかしく感じ、これを愛する気が油然ゆうぜんき出るのを禁じ得ない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
雨がちたり日影ひかげがもれたり、るとも降らぬともさだめのつかぬ、晩秋ばんしゅうそらもようである。いつのまにか風は、ばったりなげて、人も気づかぬさまに、小雨こさめは足のろく降りだした。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かいのガラスから、あさぎいろそらが、とお記憶きおくのようにのぞいていました。晩秋ばんしゅうひかりが、さくらのこずえにのこった、わずかばかりのすかして、はなよりもきれいにせています。
金歯 (新字新仮名) / 小川未明(著)
柿丘の死後二ヶ月経った晩秋ばんしゅうの或る朝、僕はその日を限って、呉子さんの口から、或る喜ばしい誓約をうけることになっているのを思い浮かべながら、新調の三つ揃いの背広を縁側えんがわにもち出し
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)