撫付なでつ)” の例文
見た処は強そうな、散髪を撫付なでつけて、肩の幅が三尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨たくましい男で、一寸ちょっと見れば名人らしく見える先生でございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あんまり急いだもんだから、髪なんぞ撫付なでつけていられなかったのよ。酔払よっぱらいで仕様がないお客なのよ。」
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
新しい艶のある洋服を着て、襟飾えりかざりの好みもうるさくなく、すべてふさはしい風俗のうちに、人を吸引ひきつける敏捷すばしこいところがあつた。美しく撫付なでつけた髪の色の黒さ。頬の若々しさ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
白髪しらが合総がっそうに取り上げた撫付なでつまげ、品も威もある風貌、いわば幾とせの霜を経た梅の古木のおもかげでこの玄鶯院と名乗る老翁おやじ、どうもただの隠者とは受け取れない。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
糸織の衿懸えりかけたる小袖こそで納戸なんど小紋の縮緬の羽織着て、七糸しつちん黒繻子くろじゆすとの昼夜帯して、華美はでなるシオウルを携へ、髪など撫付なでつけしとおぼしく、おもても見違ふやうに軽くよそほひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
気がつきて水を呑むとき両手で柄杓ひしゃくを押へ、首を持つていく工合真にせまり、白紙を出してまげ撫付なでつくるも女の情にて受けたり。斯様かような色気のあるものになりては福助も及ばず、半四郎後一人なるべし。
そのほか中老は撫付なでつけといって今のオールバック。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ゆるく波打てる髪を左の小鬢こびんより一文字に撫付なでつけて、少しは油を塗りたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ればお妾は新しい手拭をば撫付なでつけたばかりの髪の上にかけ、下女まかせにはして置けない白魚しらうおか何かの料理をこしらえるため台所の板の間に膝をついてしきり七輪しちりんの下をば渋団扇しぶうちわであおいでいる。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それも髪結かみゆいさんが結ったのではない、自分でもちのよいように結ったのへごみが付いた上をコテ/\と油を付け、撫付なでつけたのが又こわれましたからびんの毛が顔にかゝり、湯にも入らぬと見えて襟垢えりあかだらけで
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)