幼心おさなごころ)” の例文
快川和尚かいせんおしょうが、幼心おさなごころへうちこんでおいた教えの力が、そのとき、かれの胸に生々いきいきとよみがえった。にっこりと笑って、涙をふいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母親は下女まかせには出来ないとて、寒いを台所へと立って行かれる。自分は幼心おさなごころに父の無情をにくく思った。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
まさかに今十九にもなって、そうとは信じもすまいけれども、口でいうような幼心おさなごころは、今もなお残っている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伸びん伸びんとする幼心おさなごころは、たとえば春の若菜のごとし。よしやひとたび雪に降られしとて、ふみにじりだにせられずば、おのずから雪けて青々とのぶるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
幼心おさなごころにはずかしさと、ほこらしさで、あたしもはにかみながら
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その時の惨たる光景で、幼心おさなごころにも怖かった記憶が、今——土橋の上の人影を見ると共に、いなずまのように彼の頭に呼び起されたのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
る夏の夕方ゆうかたに、雑草の多い古池のほとりで、蛇と蛙のいたましく噛み合っている有様ありさまを見て、善悪の判断さえつかない幼心おさなごころに、早くも神の慈悲心を疑った……と読んで行くうち
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
なあに、女のはませています、それにあか手絡てがらで、美しい髪なぞ結って、かたちづくっているからい姉さんだ、と幼心おさなごころに思ったのが、二つ違い、一つ上、亡くなったのが二つ上で
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、母から云われた別離のことばは、何分、幼心おさなごころで、よくも覚えていないが、悲しさだけは、何となく忘れ得ない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人は高坂のみい、私の名ですね、光坊みいぼうが魔にられたのだと言いました。よくこの地で言う、あの、天狗てんぐさらわれたそれです。また実際そうかも知れんが、幼心おさなごころで、自分じゃ一端いっぱし親を思ったつもりで。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
膝にった頃の、幼心おさなごころに返って——形こそ皆、腕枕をかったり、足の裏を天井にあげたり、毛脛けずねをむき出したりして、ごろごろ寝転んではいたが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小狗のたわむれにも可懐なつかしんだ。幼心おさなごころに返ったのである。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かんをうけて、将軍家に謁し、晴れて世子せいしとなってからは、幼心おさなごころにも得意であったが、この頃、わしの乳母うばとして、小督こごうという女がいつも側に仕えておった
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
有髪うはつのころは、京鎌倉にも少ない美人と、人のよう申せしを、幼心おさなごころにも覚えておる。墨染すみぞめすがたは、その麗人をどう変えたやら、見るも一興か。ま、通してみい」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幼心おさなごころにも、もう茶々様などは、うすうす御理解あそばすので、共々、母君と泣き悲しまれて、なぜ、父君とわかれねばならぬのか、なぜ、父君は死ぬるかと……藤、藤吉郎どの……おゆるしください
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物心のつきめた頃から、甚助はそんな考えを幼心おさなごころにも持った。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幼心おさなごころを二人ともそれにも思い出されていたかもしれなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)