山峡やまかい)” の例文
旧字:山峽
山峡やまかい隘地あいちを出て、軍を返そうとすれば、たちまち、李傕や郭汜かくしの兵が、沢や峰や渓谷の陰から、所きらわず出て来て戦を挑むからだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その玩具おもちゃのような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やまかいやを、うねうねと曲りながら走って行った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
両方から切立った峰のせまっているこの山峡やまかいは、まだかすかに朝の光が動きはじめたばかりで、底知れぬ谷間から湧きあがる乳色の濃い霧は、断崖きりぎしの肌をらし
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて、日足のはやい秋の日暮れは、低いところから、樹林のなかや山峡やまかいやから、いて来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
水をかすめて去来する岩燕いわつばめを眺めていると、あるいは山峡やまかい辛夷こぶしの下に、みつって飛びも出来ないあぶ羽音はおとを聞いていると、何とも云いようのない寂しさが突然彼を襲う事があった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
不思議なことに向うの山峡やまかいに突然黒い人間らしい者が、殆どそれは胡麻粒ごまつぶくらいの一行がうごいて、旅人のあとを追うているらしい、向い山のおなじ山稼ぎのかい馬介うますけ追手おってであった。
夕張の駅は山峡やまかいにある。両側の山のなぞえには炭坑夫の長屋が雛段を見るように幾列も並んでいる。夜、雪の中にこの長屋に灯のついている光景を眺めることは、僕達に旅の愁いを催させたものである。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
山峡やまかいである、ややうち開けた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
袁紹は勢いに乗じて急追撃に移ったが、五里余りも来たかと思うと、突如、山峡やまかいの間から、一ぴょうの軍馬が打って出て
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本官らの下船をみとめて、家をもぬけに致し、くだんの山峡やまかいに逃げこんでおりましたです、戦さは無常の風じゃと申しとります、生臭さ坊主の親鸞しんらんめが、おどろくべし、津々浦々まで
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
広子の聯想れんそうはそれからそれへと、とめどなしに流れつづけた。彼女は汽車の窓側まどぎわにきちりとひざを重ねたまま、時どき窓の外へ目を移した。汽車は美濃みの国境くにざかいに近い近江おうみ山峡やまかいを走っていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉は突然身震みぶるいをしながら、クッションの上に身を起した。今もまたトンネルを通り抜けた汽車は苦しそうに煙を吹きかけ吹きかけ、雨交あめまじりの風にそよぎ渡った青芒あおすすき山峡やまかいを走っている。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山峡やまかいの雪は、目立ってやわらかく、しかも深かった。カンジキは往々持ちあげ兼ねるほど深く、その雪に埋まるのである。片方の足を持ちあげると、他の足は重心を移されてずるずると沈んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
山峡やまかいのあいだに見える屋根は鰍沢かじかざわの町だった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)