小笠原おがさわら)” の例文
こんなたいへんな時にも、十六人の乗組員は、よく落ちついて働き、とくに小笠原おがさわら老人は、よく青年をはげまして、上陸の支度をした。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
「はい、監視機百九号です。いま小笠原おがさわら附近の上空を飛んでいますが、はるかに北東にむかって飛行中の空軍の大編隊をみつけました」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
するとやがてラジオは小笠原おがさわら島の南東に颱風たいふうが発生した事を報じる。重い湿度はわれわれの全身を包んで終日消散しない。驟雨しゅううが時々やってくる。
片っ方の翅をひらいたり、片脚かたあしでぶるぶる立ったり、枝へつめを引っかけてくるっと逆さになって小笠原おがさわら島のこうもりのまねをしたりしていました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その理由いわれは、桂の父が、当時世間の大評判であった田中鶴吉の小笠原おがさわら拓殖たくしょく事業じぎょうにひどく感服して、わざわざ書面を送って田中に敬意を表したところ
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
奥方は小笠原おがさわら兵部大輔ひょうぶたゆう秀政ひでまさの娘を将軍が養女にしてめあわせた人で、今年四十五歳になっている。名をおせんかたという。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
老臣たちは守って戦うべしとい。酒井、榊原さかきばら、本多、小笠原おがさわらの若く気英の人びとは出陣要撃を主張した。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「これを御所蔵のこの御方は、仮に小笠原おがさわらの苗字を名乗らせ給えど、実は新太郎少将光政公の御胤おんたね金三郎きんざぶろう様と申上げるのじゃ。改めてその方に御目通りゆるされるぞ」
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
それがじつはちと申し憎いことでござるが、知ってのとおり、当節は諸家みな小笠原おがさわらばやり。
彼らはきには小笠原おがさわらの父島から、硫黄ヶ島いおうがしまを通り、帰りにはフィリッピンから台湾方面を廻って九州へ帰航するのであり、滝川はすでに幾度もその船に乗り込み、南洋諸島の風土、物資
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小笠原おがさわらといえば、ずっとみなみのやしのしげ熱帯ねったいであるとおもいました。
ある夜の姉と弟 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それまでまだ将軍家は大坂に在城で征長の指揮に当たっていたことのように、喪は秘してあったともいう。小笠原おがさわら老中なぞがそこそこに戦地を去ったのも、そのためであることがわかって来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうして海洋の旅を続けるのは、私としては小笠原おがさわら渡航以来十三年ぶりのことである。だが、かつての南の空は明るかったが、私のまぶたは重かった。今のうしおは暗いようでも、私の心は晴ればれしい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
其は小説寄生木やどりぎの原著者篠原良平の小笠原おがさわら善平ぜんぺいである。明治四十一年の三月十日は、奉天決勝ほうてんけっしょうの三週年。彼小笠原善平が恩人乃木将軍の部下として奉天戦に負傷したのは、三年前の前々日ぜんぜんじつであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伝馬船は満員で、かいが、やっと漕げた。小笠原おがさわら老人は、岩に流れついたおわんと、ほうきのえの竹を、だいじに持っていた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
わが海軍の主力、聯合艦隊は、小笠原おがさわら諸島の東方、約一千キロの海上を、真北に向って進撃中であった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
右は松前志摩守しまのかみ、左は小笠原おがさわら家の下屋敷、どちらを見ても、人影一つ灯影ほかげ一つ見えない寂しい屋敷ばかりで、突き当たりはまた魔の住み家のような、広大もない本所お倉の高い建物なのです。
琉球島をたずねてその王と幕僚とに会見し、さらに小笠原おがさわら群島を訪ねて、牛、羊、種子、その他の日用品、およびアメリカの国旗をそこに定住する白人の移民のもとに残して置いたというのを見ても
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、小笠原おがさわらが、万年灯の光に、ぼんやりとてらされている一座のまんなかから、いきおいよく名のりをあげて、立ちあがった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
小笠原おがさわら流にも今川流にも、こんな無作法な脱ぎ方はねえや。