唐黍とうきび)” の例文
また「麦秋」という訳名であるが、旱魃で水をほしがっているあの画面の植物は自分にはどうもきび唐黍とうきびかとしか思われなかった。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして段丘の上に、小舎が建てられたり、馬鈴薯や唐黍とうきびが植えられたりして、この辺の畑としては、手入れが届いている。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ほこりっぽい道を、上衣を肩にかけて歩いている。同じような道をいつか通ったことがある。両側は家並でなく、一面の唐黍とうきび畠だ。唐黍畠から犬が這い出して来る。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
窓から小高い山の新芽がのびた松や団栗どんぐりや、段々畑の唐黍とうきびの青い葉を見るとそれが恐しく美しく見える。
海賊と遍路 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ツマんで吊したような白っぽい変に淋しい屋根をみるときに、いつも木戸口にがやがや立ち騒ぐ露西亜人のくぼんだ眼窩がんかや、唐黍とうきび色のひげや日に焼けた色をみるとき
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
唐黍とうきびのからからとうごく間に、積層雲の高い空がけきッた鉄板みたいにじいんと照りつけていた。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車が唐黍とうきびの畑に沿って、加奈陀カナダとの国境を走出した頃には、フリント君も少しずつ、諦め始めて、隅の座席に腰を据えて新刊の『科学的犯罪の実例』を読み出した。
夜汽車 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
両側の畑には穂に出て黄ばみかけた柔かな色の燕麦えんばくがあった。またライ麦の層があった。トマトの葉のみどり、甘藍キャベツのさ緑、白い隠元豆の花、唐黍とうきびのあかい毛、——
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そこへ、母屋の方のお婆さんが、唐黍とうきびの焼餅を、大きな盆に山ほど積んで、お茶うけに持ってきた。この座敷の寒い空気に触れて、白い湯気がおいしそうに焼餅から立ち揺れる。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
苦力頭の女房らしいビンツケで髪を固めているような、不格好な女がマントウやらねぎやら唐黍とうきびかゆのようなものを土器かわらけのような容れものに盛って、五分板の上に膳立てをしていた。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
茄子なす、ぼうぶら(かぼちゃ)、人参、牛蒡ごぼう、瓜、黄瓜など、もとよりあった。ふきもあり、みょうがもあり、唐黍とうきび(唐もろこし)もあり、葱もあり、ちしゃもあり、らっきょもあった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
トウキビゴメ 阿蘇火山の東側面の陸田地方は、玉蜀黍とうもろこしを主食にしている。粉にひいても食うが多くは米粒大に砕いて飯にかしぐ。それを唐黍とうきび米というが、唐黍はこの地方では玉蜀黍のことである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大阪の天王寺かぶら、函館の赤蕪あかかぶら、秋田のはたはた魚、土佐のザボン及びかん類、越後えちごさけ粕漬かすづけ足柄あしがら唐黍とうきび餅、五十鈴いすず川の沙魚はぜ、山形ののし梅、青森の林檎羊羹りんごようかん越中えっちゅう干柿ほしがき、伊予の柚柑ゆずかん備前びぜんの沙魚
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
路々みちみち唐黍とうきび畑も、おいらんそうも、そよりともしないで、ただねばりつくほどの暑さではありましたが、煙草たばこを買えば(私が。)(あれさ、こまかいのが私の方に。)と女同士……東京子とうきょうっこは小遣を使います。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唐黍とうきびのかぶりもふらぬ暑さかな 梅山
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
とある漁師の家の窓からは女の子がたった一人かおを出していた。その前の畑には、いかにも雨に濡れた黄の菜の花が咲き群れていた。それに豌豆えんどうの花、背の低い唐黍とうきび葱坊主ねぎぼうず
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
柔らかい唐黍とうきびのような紅毛が、微風に立ちそよいだ。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
槍の柄で、唐黍とうきびの首を横に撲りつけた。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには紅い葵が咲き、向日葵が盛り、西瓜や鶉豆うずらまめの花、唐黍とうきびの毛などがそよいで、それに露西亜人の丸太組の家もところどころに残っているし、異国風の実にまた新鮮な風景だった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)