哀愁あいしゅう)” の例文
私は一カ月ばかり会わないうちに、彼がもう主人の声を忘れてしまったものと思って、かすかな哀愁あいしゅうを感ぜずにはいられなかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
信吉しんきちはそれをると、一しゅ哀愁あいしゅうかんずるとともに、「もっとにぎやかなまちがあるのだろう。いってみたいものだな。」と、おもったのでした。
銀河の下の町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だが聰明な読者ならば、彼のそうした行為の裏に、いつも一脈の哀愁あいしゅうが流れていたことを決して見逃がさなかったはずだ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
と、叱りながらも、石舟斎のおもてもまた、一抹の哀愁あいしゅうはある。人間と生れたからは、何人にも是非ない別離の傷心であった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
代って舌鼓したつづみうちたいほどのあま哀愁あいしゅうが復一の胸をみたした。復一はそれ以上の意志もないのに大人おとな真似まねをして
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしてその人が本当に敬虔けいけんな心の持主であれば、そのほほえみの中には哀愁あいしゅうの色がただよいます。まどろみなさい、死者たちよ! 月はきみたちのことを覚えています。
こうしてひびき高い詩句や、あるいは夕暮ゆうぐれの美しいながめによって、あるいは涙が、あるいは哀愁あいしゅうがそそられるにしても、その涙や哀愁のすきから、さながら春の小草おぐさのように
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
七蔵さんは此六日にくなったのである。変った月番の名を見て、一寸ちょっと哀愁あいしゅうを覚えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
目がさめると裏の家で越後獅子えちごじしのおさらいをしているのが、哀愁あいしゅうふかく耳についた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私はラプンツェルを好きなのだ、不思議な花、森の精、嵐気らんきから生れた女体、いつまでも消えずにいてくれ、と哀愁あいしゅうやら愛撫やら、堪えられぬばかりに苦しくて、目前の老婆さえいなかったら
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それに、説明を買ってでたレスラアB氏の説明が出鱈目でたらめで、たとえば≪すけ≫と読むべきところを≪助人じょにん≫と読みあげるようなあやまりが、ぼくには奇妙な哀愁あいしゅうとなって、引きこまれるのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
外国物がいこくものでは、アベ=マリアとか、粗朴そぼくながら、のつながりに、哀愁あいしゅうをもよおす日本にほん俚謡りようなどをあには、このみました。
兄の声 (新字新仮名) / 小川未明(著)
母が兄とお兼さんを評し合った言葉の裏には、おのれがそれだけ年を取ったという淡い哀愁あいしゅうを含んでいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またかつて感じた事のない一種の哀愁あいしゅうに打たれた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)