あて)” の例文
リヴァースの『トダ人族篇』にいわく、トダ人信ずある特殊の地を過ぐるに手を顔にあてて四方を拝せずば虎に食わると。
「馬券であてるのは、ひとこゝろあてるより六※かしいぢやありませんか。あなたは索引のいてゐる人の心さへあてて見様となさらないのん気なかただのに」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それをお浪が知っていようはずは無いが、雁坂を越えて云々しかじかと云いあてられたので、突然いきなりするどい矢を胸の真正中まっただなか射込いこまれたような気がして驚いたのである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
文学の毒にあてられた者は必ずついに自分も指を文学に染めねば止まぬ。私達が即ち然うであった。先ず友が何か下らぬ物を書いて私に誇示ひけらかした。すると私も直ぐさもしい負ぬ気を出して短篇を書いた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何でも狐猿の爪の毒にあてられたとか云う事で、益々容体が悪い様子だ、兎に角も此の家の客分だから、余は知らぬ顔で居る訳に行かず、或る時其の室へ見舞いに行った、夫人は非常に喜んだけれど
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
と、平次も甚だあててられ氣味です。
あそこへあてて見ましょうね——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「これであてっこしようか。」
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その時私はあてはずれた人のように、しばらく自分の顔を見つめていた。私にはそれがどうしても手を入れて笑っているようにこしらえたものとしか見えなかったからである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俗語の根源と伝播は当身確かな記録があるにあらざれば正しく説きあてる事すこぶる難い。
座敷はまだ掃除が出来ているか、いないかであったが、自分で飛び出す必要もないと思ったから、急ぎもせずに、いつもの通り、髪を分けてそりあてて、悠々と茶の間へ帰った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悪を避けは西洋でいう邪視を避くる事でこれが一番確説らしい。アラビア人など駿馬が悪鬼や人の羨み見る眼毒にあてらるるを恐るる事甚だしく、種々の物をびしめてこれを避く。
座敷はまだ掃除が出来てゐるか、ゐないかであつたが、自分で飛びす必要もないと思つたから、急ぎもせずに、いつもの通り、かみを分けてそりあてて、悠々と茶の間へかへつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
伏蔵とは「田原藤太竜宮入りの譚」に書いた通り、インド等には莫大の財宝を地下に埋めあり、今もそれを掘り当てる事を専門にする者が多く、それを言いあてるを業とする術士も少なからぬ。
道傍へ置くに三日の中に誰もその名を言いあてる者なし。