顧慮こりょ)” の例文
政党政派の関係があらゆる商売取引に浸潤しんじゅんし、政党への顧慮こりょなくしてはいかなる商売も成立しなかったことが、ひとつである。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
自分がどのくらい津田に愛されているかを、お秀に示そうとする努力が、すべての顧慮こりょに打ち勝った。彼女はありのままをお秀に物語った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを他人たにんに知られたら、ひきょうな立合たちあいといわれて、徳川家とくがわけの名をけがすことになるが、いまはそんなことを顧慮こりょしていることはできない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
主として神祇官系統の文献にり、別に文字以外に伝わるものを、顧慮こりょしなかった学風からであろうが、一方はまた制度の統一、言い換えれば或る一国の完備した制度文物に
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私がそれまで昔の恋人こいびとに対する一種の顧慮こりょから、その物語の裏側から、そしてただ、それによってその淡々たんたんとした物語に或る物悲しい陰影ニュアンスあたえるばかりで満足しようとしていた
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「司令官の御心配は、近くに起る太平洋方面からの襲撃を顧慮こりょされてのことじゃ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
色を売りて、人にびるを商売にしている。彼らは嫖客ひょうかくに対する時、わが容姿のいかに相手の瞳子ひとみに映ずるかを顧慮こりょするのほか、何らの表情をも発揮はっきし得ぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分の意志がれられたし、師のことばに、親切も感じられたからである。そして典膳との勝負については、何の顧慮こりょなく、勝つものと、極めているらしかった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、低能者の悲しさに、何を顧慮こりょするいとまもなく、懐しきその者の膝へと飛びついて行ったのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小林はまたそんな事を顧慮こりょする男ではなかった。秩序も段落も構わない彼の話題は、突飛とっぴにここかしこをめぐる代りに、時としては不作法ぶさほうなくらい一直線に進んだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何のその様な顧慮こりょもなく、成否はかくも、一つの目的を定め得た事が、やや私の気分を清々すがすがしくしたのであったか、足並みも勇ましく、初夏の郊外を、電車の駅へと急いだのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
敵の雑兵ぞうひょうをも相手にして雑兵の如き奮戦すら敢えてした。「名もなき者に首を取られんことの口惜し——」などという生やさしい名聞などは彼の顧慮こりょするところでない。——死のうは一定いちじょうだ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君は少しも顧慮こりょする気色けしきも見えず醇々じゅんじゅんとして頭の悪い事を説かれた。何でも去年とか一度卒倒して、しばらく田端辺たばたへんで休養していたので、今じゃ少しは好いようだとかいう話しであった。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、自分の身分に顧慮こりょしながらも勇気をふるってたしなめた者がある。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いささかの顧慮こりょもなく、この相川堤まできて、ひとり久しぶりの旅心地にわれともなくたたずんでいたところを、不意に、その於通にめんとむかって違約いやくをなじられたのであるから、五十をこえた男の彼が
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わしの事など、少しも顧慮こりょいたすな。さあさあ、はやく行け」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)