身繕みづくろ)” の例文
その太鼓を、梁にかけた下締したじめの下へ置いて、そうして身繕みづくろいをして、そのひもへ両手をかけた時には、なにかしら涙があふれて来ました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
身繕みづくろいしてやゝしばし寝床ねどこ突立つったって居ると、忍び込んだと思った人の容子ようすは無くて、戸のそとにサラ/\サラ/\忍びやかな音がする。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
木之助はちょっと身繕みづくろいした。だが衝立ついたてかげから、始めて見る若い美しい女の人が出て来て、そこに片手をついてこごんだときはまた面くらった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
身繕みづくろいをしながら、その部屋を走り出ようとすると不意に、横手から火の粉まじりの熱風がボーッと吹っかけてきた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
房枝はほうきを片付けてから、身繕みづくろいをして二階へまたあがって行った。彼女は男から三四尺ほど離れて坐った。そして薄く白粉を掃いた顔をうちむけた。
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
だしぬけに眼の前で怒鳴つた者があるので、芳賀氏は紀貫之にでも出会つたやうに、身繕みづくろひをしてとろんこの眼を見はつた。相手は交番の巡査だつた。
ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場になる前に、色男の役をする俳優が身繕みづくろいをすると云う体裁である。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
僕は飛び起ると直ぐ様子供を抱えて走り出しながら、床の上に起上って身繕みづくろいしている妻に、『早く逃げろ、子供は俺が連れて行くぞ』と呶鳴どなったのだった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれども、寝られぬ苦しさは、ものの可恐おそろしさにも増して堪へられない。余りの人の恋しさに、起きて、身繕みづくろひして、行燈あんどうを提げて、便たよりのないほど堂々広だだっぴろい廊下を伝つた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
先刻さっきからよほど窮していた矢先だから、敬太郎はこの来客を好いしおに、もうここで切り上げようと思って身繕みづくろいにかかると、田口はわざわざ彼の立たない前にそれをさえぎった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
播磨も權次權六も身がまへする。四郎兵衞、その他四人も身繕みづくろひして詰めよる。娘はうろ/\してゐる。この時、陸尺ろくしやくに女の乗物をかゝせ、若党二人附添ひて走らせ来り、喧嘩のまん中へ乗物を
番町皿屋敷 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
で僕はむくむく起きあがると贅六ぜいろくらしくだらしなく身繕みづくろいして、そっと自分の服装を見たんだが、カバレット・トア・ズン・ドルの歴史がべたべたそのまま張られているのに気がついたのです。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
爾薩待(居座いずまいを直し身繕みづくろいする)「はあ。」
植物医師:郷土喜劇 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そう思うとともに、きゅうに身繕みづくろいして
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
母の仇は必ず討つと、彼はさきの日お杉に誓ったのである。その仇の名は今やお葉の口かられた。気の短い重太郎はう一刻も猶予はならぬ、仇の血をるべき洋刃ないふ把出とりだして、彼はにわか身繕みづくろいした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)