貸浴衣かしゆかた)” の例文
誠にさなり、彼は病客なるべきをと心釈こころとけては、はや目も遣らずなりけるひまに、男はゆあみ果てて、貸浴衣かしゆかた引絡ひきまとひつつ出で行きけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それともいつも貸浴衣かしゆかた代りに備えてあるのか、幸子、雪子、妙子、悦子にまで、それぞれちゃんと柄行きを見立てたモスリンの単衣であった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちこちに夜番よばん拍子木ひょうしぎ聞えて空には銀河のながれ漸くあざやかならんとするになほもあつしあつしと打叫うちさけびて電気扇でんきせん正面まともに置据ゑ貸浴衣かしゆかたえりひきはだけて胸毛を
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一瀬ひとせひくたきさつくだいて、さわやかにちてながるゝ、桂川かつらがは溪流けいりうを、石疊いしだたみいたみづうへせきなかばまで、足駄穿あしだばきわたつてて、貸浴衣かしゆかたしりからげ。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうして同じ彼等の姿が再び欄間の上から曲折してくだって来るのをうとい眼で眺めた。彼らは必ずあらしま貸浴衣かしゆかたを着て、日の照る時は手拭てぬぐい頬冠ほおかむりをしていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
衣桁いこうをみると、ゆうべ、かれによく似合っていた宿の貸浴衣かしゆかたが、しわになって脱いである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「京都という所は、いやに寒い所だな」と宗近むねちか君は貸浴衣かしゆかたの上に銘仙めいせんの丹前を重ねて、床柱とこばしらの松の木を背負しょって、傲然ごうぜん箕坐あぐらをかいたまま、外をのぞきながら、甲野こうのさんに話しかけた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は貸浴衣かしゆかたの腰に三尺帯を一重ひとえ廻しただけで、ふところ敷島しきしまの袋と燐寸マッチを入れて縁側へ出た。縁側には白いカヴァーのかかった椅子が二脚ほど出ていた。自分はその一脚を引き寄せて腰をかけた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)