血糊ちのり)” の例文
怪漢の帽子といわず、えりをたてたレンコートの肩先といわず、それから怪漢の顔にまでおびただしい血糊ちのりが飛んでいた。大した獲物だった。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
刀の血糊ちのりを拭いてとると、チーンと鳴りのいい鍔音つばおとをさせて、金右衛門と肩をならべて石段を一歩、一歩、と降りかけます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血糊ちのりの使い方と、巡礼の落入り方がうまいなとは思ったそうだが、これが本当の人殺しとは誰も気がつかなかったらしい。
あわれ丹波! 胴首ところを二つにして、街道の砂塵にまみれた血糊ちのりの首が、ガッと小石を噛んだ。秋草に飛ぶ赤黒い血。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼れの妻の胃袋の中に凝固した血糊ちのりを見出した瞬間から、彼れはこれまでの生活の空虚さをしつかりと感じてしまつた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
間違いはない、血糊ちのりである。「肩に傷を受けたらしい」こう思った拍子に広太郎の心へ、突然記憶がよみがえって来た。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蔦代の死体の胸には喜平の胸の傷口の血糊ちのりがべっとりとつき、蔦代の手の短刀が喜平の咽喉部いんこうぶに触れた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼は八橋を切った刀の血糊ちのりをなめて、階子の上がり口に仁王立におうだちに突っ立って敵を待っていた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まだ血糊ちのりの乾かない蕃刀を提げて退却する同族の姿を眼の辺りに眺めなければならなかったし、また砲弾の音が山々に鳴りわたり、立ち樹をゆすぶるのも聞かなければならなかった。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
……はあ、その赤いのんは何を使つこたのんか聞かんとしまいましたんで、今でもときどき不思議に思いますのんですが、何ぞ芝居に使う血糊ちのりのようなもん隠しといたのんと違いますやろか。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
『聲す。』『聽け。』『血糊ちのり足音あのと。』
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
来国俊の血糊ちのりを拭って、そのまま、行き過ぎようとすると、ばらばらと追いすがった二人の虚無僧が、左右の袖を掴んで
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血糊ちのりの使ひ方と、巡禮の落入り方がうまいなとは思つた相だが、これが本當の人殺しとは誰も氣が付かなかつたらしい。
いや、それよりも何よりも、一目見た程の人々の心に、最も強く映ったのは、その白いタイルの一面に、べにがらを溶かしような生々なまなましい血糊ちのりがみなぎっていたのだ。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とどめを刺した守人が、星空を仰いで死骸の着衣きもので帰雁の血糊ちのりをぬぐったとき!
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お米もまた、啓之助の頬へ、ベトリとつぶれた血糊ちのりのかたまりを見て、にわかに、胸がムカムカとしてきた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは反りの少ない新刀で、一應いたとはいふものの、斑々はん/\たる血糊ちのりががこびりついてをります。
ひきつるような蒼白の笑みとともに、大刀の血糊ちのりを草の葉にぬぐいながら、弥生と二剣は? と、そこらを眺めまわすと、いまのさわぎのうちに、いつの間にかまぎれさったものであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
屍体の咽喉部は、真紅な血糊ちのりでもって一面にむごたらしくいろどられていたが、そのとき頸部けいぶの左側に、突然パックリと一寸ばかりの傷口が開いた。それは何できずつけたものか、ひどく肉が裂けていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして血糊ちのりの上から、膝の傷口を捲きしめると、彼の精気は再び月光の世界に、はっきりと蘇生よみがえってきたが、同時に、あたりを見廻して、いまし方の、無慚な不覚が
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なるほどね——ついでに斬られた場所も解るといいが——血糊ちのりはこぼれちゃいませんか」
もう疲れて霞んでいる脳裏でふとそう考え、血糊ちのりでねばる刀のつかを両手でぎゅっと持ったまま、汗と血でふさがれた眼膜がんまくをじっとみはっていたが、彼に向って来る槍は一つもなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で急いで、台所で手くびなどの血糊ちのりを洗い、婆を連れて、夜明けの町へ出て行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血糊ちのりのよごれでもお洗いになって、ご休息なされい。——さ、こちらで」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)