虚偽きょぎ)” の例文
我執がしゅうと自負と虚偽きょぎとのわなにかかって身もだえしている嫉妬心の亡者もうじゃ、それ以外に今の自分に何が残されているというのだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
校長なんて狸のような顔をして、いやにフロック張っているが存外無勢力なものだ。虚偽きょぎの記事を掲げた田舎新聞一つあやまらせる事が出来ない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでわたくし反応はんのうしています。すなわち疼痛とうつうたいしては、絶呌ぜっきょうと、なみだとをもっこたえ、虚偽きょぎたいしては憤懣ふんまんもって、陋劣ろうれつたいしては厭悪えんおじょうもっこたえているです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
明るいところにまないごとく、花前のような生活には虚偽きょぎ罪悪ざいあくなどいうものの宿やどりようがない。大悟徹底だいごてっていというのがそれか。絶対的ぜったいてき安心あんしんというのがそれか。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために——「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽きょぎを強要していることである。
虚偽きょぎした者といわれては黙しておれぬ。——では訊くが、江戸で会った折、そういったおれをとどめたのは誰だ。いさめたのは何者だ。——貴公自身ではないか。わすれたか
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの男のアムウル虚偽きょぎはあっても、妻のそれは純粋なのに違いない。——こう信じていた僕は、同時にまた妻自身の幸福のためにも、彼等の関係に交渉する必要があると信じていたのだ。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私の虚偽きょぎをばらされる屈辱に堪えられなかったために、妻の死顔にもあわないで、とんで帰ったその時の私の卑劣と冷血とは……ああそれを思うと、どうしても生きていることが不可能だ。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼は自分ばかりでなく父のない自分の一家の生活を支えるために、この虚偽きょぎの生活に縛られていたのだ。ここからくる動揺が恵子との事にも結びつき、結局、龍介にも何も仕事ができないのだった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
彼の虚偽きょぎ、彼の反抗心と闘争心、およそそうした、一見哀愁とは極めて縁遠いように思われるもののすべてが、実は哀愁のやむにやまれぬ表現であり
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
また患者かんじゃあし依然いぜんとしてもんにはえぬ。あさからひるまでる四十にん患者かんじゃに、どうして確実かくじつ扶助たすけあたえることが出来できよう、故意こいならずとも虚偽きょぎしつつあるのだ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
世間に対する御辞儀はこの野郎がと心中に思いながらも、公然には反比例に丁寧をきわめたる虚偽きょぎの御辞儀でありますと断わりたいくらいに思って、高柳君は頭を下げた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もし、為すことを為さずに終ったら、伏見がよいも、祇園遊蕩ぎおんあそびも、すべて、蕩児とうじ極道事ごくどうごとに帰するのだ。今日までのあらゆる事々、皆、虚偽きょぎ醜行しゅうこうの履歴でないものはなくなるのだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いっさいの美しき理想は皆虚偽きょぎである!」
無理な育て方は人間を虚偽きょぎにする。次郎は筆者の空想で無理に育てあげられてはならない。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
いや、不当の願いでないどころか、それはかえって、自分を虚偽きょぎや、策略や、暴力や、偽善から救い、正常な人間になるために、絶対に必要な願いであったとさえいえるのだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)