胞衣えな)” の例文
世間の双生児ふたごにはめづらしい一つの胞衣えなに包まれて居たのでしたよ、などとこんな話を口の中でした瑞樹みづきの顔をのぞかうとするのでしたが
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その隣村に衣奈えな八幡あり。応神帝の胞衣えなを埋めたる跡と言い伝え、なかなかの大社にて直立の石段百二段、近村の寺塔よりはるかに高し。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
所を異にした胞衣えなとそのもとの主との間につながる感応の糸といったようなものは現在の科学の領域内に求め得られるはずはないからである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
成善の生れた時、岡西玄庵が胞衣えなを乞いに来た。玄庵は父玄亭に似て夙慧しゅくけいであったが、嘉永三、四年の頃癲癇てんかんを病んで、低能の人と化していた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「下らねえ詮索せんさくだ。俺の家は親代々の御用聞き、胞衣えなを引つくり返しや、寛永通寶のもんが附いてゐる」
何處どこから繰出くりだしたか——まさかへそからではあるまい——かへる胞衣えなのやうなくだをづるりとばして、護謨輪ごむわ附着くツつけたとおもふと、握拳にぎりこぶしあやつつて、ぶツ/\とかぜれる。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「夢をごらんなすってるのかしら……それとも胞衣えなに引かされてでしょうかしら。」
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
が、そばへ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣えな会社と書いたものだった。僕はうしろから声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのにきたない気もしたのに違いなかった。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
底のない、幽谷の闇のあけぼのにめざめて偉大なる茫漠の胞衣えなをむかへる。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
昔からの言い伝えでは胞衣えなを埋めたその上の地面をいちばん最初に通った動物がきらいになるということになっている。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
玄亭の長男玄庵はかつて保の胞衣えなを服用したという癲癇てんかん病者で、維新後間もなく世を去った。次男がこの養玄で、当時氏名をあらためて岡寛斎おかかんさいといっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
敷居際につくばった捨吉が、肩のあたりに千草色の古股引ふるももひきあかじみた尻切半纏しりきりばんてん、よれよれの三尺、胞衣えなかとあやしまれる帽をかぶって、手拭てぬぐいを首に巻き、引出し附のがたがた箱と、海鼠形なまこなり小盥こだらい
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
基本金はどうか知らず、神威すなわち無形の基本財産が損ぜられたることおびただし。これらも研究の仕様によりては、皇家に上古胞衣えなをいかに処理せられしかが分かる材料ともなるべきなり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
「ええ、胞衣えなを埋めたしるしに立てる石ですね。」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
支那でも初至の天癸から紅鉛を製し、童男女の尿より秋石をり、また新産児の胞衣えなを混元毬など尊称して至宝となし、内寵多き輩高価に求め服して身命をうしのうた例、『五雑俎』等に多く見ゆ。
昼間見た時、医師せんせいの説明をよくは心にも留めて聞かなかったが、海鼠なまこのような、またその岩のふやけたような、いや膚合はだあい、ぷつりと切った胞衣えなのあとの大きないぼに似たのさえ、今見るごとく目に残る
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)