美濃路みのじ)” の例文
「諸国から、その都度、細々こまごまとそちの見聞は書面で受け取っておるが、美濃路みのじへはいってからは便りがないので——実は案じていた折じゃ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美濃路みのじよりする松雲の一行が中津川宗泉寺老和尚の付き添いで、国境くにざかい十曲峠じっきょくとうげを上って来た時
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
百足山むかでやま昔に変らず、田原藤太たわらとうたの名と共にいつまでもおさなき耳に響きし事は忘れざるべし。湖上の景色見飽かざる間に彦根城いつしか後になり、胆吹山いぶきやまに綿雲這いて美濃路みのじに入れば空は雨模様となる。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
広き都に置きかね漂泊ただよいあるきの渡り大工、段々と美濃路みのじ信濃しなのきたり、折しも須原すはらの長者何がしの隠居所作る手伝い柱を削れ羽目板をつけろと棟梁とうりょう差図さしずには従えど、墨縄すみなわすぐなにはならわぬ横道おうどう
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「天蔵の一味は、手下を加えて約七十人ばかりの同勢。東春日井ひがしかすがいの山道へかかって、美濃路みのじへ逃げ越えてゆくらしい足どり」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洋服に草鞋穿わらじばきで、寂しい旅人のように、三吉は村へ入った。ずっと以前大火があって駅路の面影おもかげもあまり残っていなかった。そこは美濃路みのじの方へ下りようとする山の頂にあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
病骨をのせた馬は、二夜の泊りを経て、美濃路みのじへ入った。そしてすぐ西の山中へのようににぶい脚ですすんでゆく。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸い京都麩屋町ふやまち伊勢久いせきゅうは年来懇意にする染め物屋であり、あそこの養子も注文取りに美濃路みのじを上って来るころであるから、それまでにあつらえる品をそろえて置きたいと言った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日吉は、この夏、着て歩いていた、針売りの行商着をそのまま着て、少しばかりの荷を背中に負い、油屋の七内とは、道中の道づれというさまで、美濃路みのじへ向った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この馬籠訪問には、彼女はめったに離れたことのない木曾福島の家を離れ、子供も連れずであった。ただ商用で美濃路みのじまで行くという薬方くすりかたの手代に途中を見送ってもらうことにした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日程ひどりにすれば、もうとくに美濃路みのじに入っている筈だが、道者船にのりあわせるには、向うでだいぶ待つことになるので、わざと道を迂回うかいして、屋代上田やしろうえだなどに旧知の剣友をたずね
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三月にはいって、めずらしい春の大雪は街道をうずめた。それがすっかり溶けて行ったころ、かねて上京中であった同門の人、伊那いな南条村の館松縫助たてまつぬいすけ美濃路みのじを経て西の旅から帰って来た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊勢路いせじ美濃路みのじ、いずこといえど、この大戦場の十里四方、柵門さくもんのないところはない。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半蔵らがそんな話を耳にしたのは美濃路みのじにはいってからであるが、その道を帰って来るころは、うわさのある中津川辺へはまだかなりの距離があり、真偽のほどすら判然とはしなかった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
公儀の御茶壺おちゃつぼ同様にとの特別扱いのお触れがあって、名古屋城からの具足ぐそく長持ながもち十棹とさおもそのあとから続いた。それらの警護の武士が美濃路みのじから借りて連れて来た人足だけでも、百五十人に上った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
美濃路みのじへ来ても知れないので、彼は、小次郎の言を思い出して
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これまでの、美濃路みのじから尾張おわりへ出るのを一変して
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)