笑窪えくぼ)” の例文
と、やけに聴えぬ程度に呟いて、アバタの上に笑窪えくぼを泛べたりしていたので、佐助は阿諛の徒以上に好かれ、城中の女共の中には
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
其夜の夢に逢瀬おうせ平常いつもより嬉しく、胸ありケの口説くぜつこまやかに、恋しらざりし珠運を煩悩ぼんのう深水ふかみへ導きし笑窪えくぼ憎しと云えば、可愛かわゆがられて喜ぶは浅し
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、左右の端に、深い笑窪えくぼができているので酷薄の味を緩和している。あごの中央を地閣ちかくというが、そこの窪味がきわだって深い。これは剣難の相である。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
葉子は少しいたずららしい微笑を笑窪えくぼのはいるその美しい顔に軽く浮かべながら、階段を足早に降りて行った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何を不足の我が涙、浅い世間の推量は、まだもましかや、術なやと。世の蔭口にも謹しみの笑窪えくぼ加へて侍れば。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
お定は打見には一歳ひとつ二歳ふたつも若く見える方で、背恰好の婷乎すらりとしたさまは、農家の娘に珍らしい位、丸顏に黒味勝の眼が大きく、鼻は高くないが笑窪えくぼが深い。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
すると日本左衛門の人さし指が、横を向いたお蝶の、ちょうど笑窪えくぼの辺りを軽く押して
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ほんまに好い芸妓げいこさんになりゃはりましたでっしゃろ。このひとにも、好きな人がひとりあるのっせ」と、軽くからかうようにいうと、若奴は優しい顔に笑窪えくぼを見せてはずかしそうにしながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
小さい笑窪えくぼのある両頬りょうほおなども熟したあんずのようにまるまるしている。………
点鬼簿 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さぞかしおどろくかと思いのほかに、ちらりとかすかに笑窪えくぼを見せながら、ずいとひと足うしろに退ると、不敵なことに得物は同じ鉄扇なのでした。しかも、声がまたたまらなく落付いているのです。
良人の画家に「大陸的」とめをつけられてよいのか悪いのかわからないが、気に入った批評として笑窪えくぼに入った檜垣の主人まで「そういえば、なるほど、君の芸術は味だな」と相槌あいづちを打つ苦々しさ。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と言う言葉が口をついて出ると、随分とこの洒落にわれながら気をよくして思わず笑えば笑窪えくぼがアバタにかくれて、信州にかくれもなきアバタ面を、しかし棚にあげて
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
實際藤野さんは、今想うても餘り類のない程美しい兒だつたので、前髮を眉の邊まで下げた顏が圓く、黒味勝の眼がパッチリと明るくて、色は飽迄白く、笑ふ毎に笑窪えくぼが出來た。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
耳には子供のアクセントが焼き付いた。目には、曲がりかどの朽ちかかった黒板塀くろいたべいとおして、木部からけた笑窪えくぼのできる笑顔えがおが否応なしに吸い付いて来た。……乳房はくすむったかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
返らぬとかねて思えばあずさ弓、なき面に蜂のおかしさに、つい笑ってしまったが、笑えば笑窪えくぼがアバタにかくれる、信州にかくれもなきアバタ男、鷲塚の佐助とは、俺のことだ
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)