湿々じめじめ)” の例文
旧字:濕々
枕は脂染あぶらじみた木枕で、気味も悪く頭も痛い。私は持合せの手拭を巻いてった。布団は垢で湿々じめじめして、何ともいえない臭がする。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「同じ酒をむなら、どこか、広濶な天地へ出て酌みましょう。湿々じめじめした谷間にかくれていたので、暗い所は閉口ですから」
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それも如才なく、昨夜ゆうべのうちに見ておきましたよ。雨戸は中から締っているし、湿々じめじめした軒下に足跡一つねえ」
切りひらいた地面に二むね四軒の小体こていな家が、ようやく壁が乾きかかったばかりで、裏には鉋屑かんなくずなどが、雨にれて石炭殻を敷いた湿々じめじめする地面にへばり着いていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
界隈かいわいの景色がそんなに沈鬱ちんうつで、湿々じめじめとして居るにしたごうて、住む者もまた高声たかごえではものをいわない。歩行あるくにも内端うちわで、俯向うつむがちで、豆腐屋も、八百屋やおやも黙って通る。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
加賀野新小路の親縁みよりの家では、市役所の衛生係なる伯父が出勤の後で、痩せこけた伯母の出して呉れた麦煎餅は、昨日の雨の香を留めたのであらう、少なからず湿々じめじめして居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「なんだか夜中などに目をさますと、空気が湿々じめじめしていて、心もちが悪くなります。」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼は綾瀬口の渡しを越えて向う河岸の枯蘆かれあしの間に身を潜めながら、農科の艇の漕ぎ下るのを待っていた。妙な緊張した不安に襲われながら、彼は少し湿々じめじめした土地に腰を下ろして夕日の中にうずくまった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
伸びる盛りの肉体だった、武蔵の弾傷たまきずがすっかりなおる頃には、又八はもうまき小屋の湿々じめじめした暗闇に、じっと蟋蟀こおろぎのような辛抱はしていられなかった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ね、旦那、先代の大旦那が亡くなられてから、もう一年以上経っているでしょう、いつまでも湿々じめじめしていたって、追善供養の足しになるわけじゃありません。
はしゃぎきったひさしにぱちぱちと音がして、二時ごろ雨が降って来た。その音にお庄は目をさまして、急いで高い物干竿ものほしざおにかかっていた洗濯物を取り入れた。中にはまだ湿々じめじめしているのもあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
思わずひと足退いて、うす暗い——表の客座敷とは較べものにならない湿々じめじめした古畳のうえを見た。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湿々じめじめとして、うす暗い東大寺の横を通って来た時、襟元にポタリと落ちたしずくにも、きゃっと思わずいってしまいそうな驚きをしたし、人間の跫音あしおとに怖がらないからすの群れにも、いやな気持がして
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼間だが、所々に、燭が置かれ、湿々じめじめとまたたいていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)