河岸かわぎし)” の例文
そして河岸かわぎしまで行って、清逸の背中を撫でていた両手をごしごしと洗った。清逸は同情なしにではなく、じっと淋しくそれを見やった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
月の光、ゆうべの香をこめてわずかに照りそめしころ河岸かわぎしず。村々浦々の人、すでに舟とともに散じて昼間のさわがしきに似ずいとびたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それらの新しい勢力は事実において日に日に土手や畠や河岸かわぎしや蘆の茂りを取払って行きつつあるが、しかし何らの感化をも自分の心の上には及ぼさなかったのだ。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、その足すらも、大地につかぬように、暗い河岸かわぎしを、あてもなくひょろひょろと、彷徨さまよい出した。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ご自分のそで童子どうじの頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸かわぎしの青い草の上に童子をすわらせてあんずを出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ふと西むいて 河岸かわぎしづたい。
魔法の笛 (新字新仮名) / ロバート・ブラウニング(著)
三囲稲荷みめぐりいなりの鳥居が遠くからも望まれる土手の上から斜に水際におりると竹屋たけやの渡しと呼ばれた渡場わたしば桟橋さんばしが浮いていて、浅草の方へ行く人を今戸いまど河岸かわぎしへ渡していた。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところがこの河岸かわぎしむれの中にビンズマティーとう一人のいやしい職業しょくぎょうの女がおりました。
手紙 二 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この風やこの雨には一種特別の底深い力が含まれていて、寺の樹木や、河岸かわぎしあしの葉や、場末につづく貧しい家の板屋根に、春や夏には決して聞かれない音響を伝える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ふとおもて河岸かわぎしでカーンカーンと岩をたたく音がした。二人はぎょっとして聞き耳をたてた。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
種彦は先ほどの恐ろしい光景をも全く忘れてしまい今は何というわけもなく二十歳はたちの若い姿を朧夜おぼろよ河岸かわぎしに忍ばせて、ここに尋ね寄る恋人を待構えるような心持になっていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なんともえずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、こうの河岸かわぎしに二本の電信でんしんばしらが、ちょうど両方りょうほうからうでを組んだように赤い腕木うでぎをつらねて立っていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
見る見るうち満月が木立を離れるに従い河岸かわぎしの夜露をあびたかわら屋根や、水に湿れた棒杭ぼうぐい、満潮に流れ寄る石垣下の藻草もぐさのちぎれ、船の横腹、竹竿たけざおなぞが、逸早いちはやく月の光を受けてあおく輝き出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)