気概きがい)” の例文
と、秀吉は左右をかえりみた。人々は笑い興じた。ひどくお下手へたな歌ではあるが、味方の気概きがいを示すには足りるし、あわせて一笑を放つには充分だ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
エバン船長は欧洲大戦生き残りの勇士で、いまなおおかすべからざる気概きがいをもっていたが、一面好々爺こうこうやでもあった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この秀麗な気概きがいは、当時まだひらの大岡忠右衛門といって、山田奉行を勤めていた壮年の越前守忠相の胸底に一脈あい通ずるものがあったのであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大人おとなにしてなお赤児あかごのごとし」という語があるが、しいて赤児のごとくにならずとも、すくなくともいつまでも青年の気概きがいうしなわずにあるを要する。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
よわいは五十をえたるなるべけれど矍鑠かくしゃくとしてほとんと伏波将軍ふくはしょうぐん気概きがいあり、これより千島ちしまに行かんとなり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その謡い方はいかにも勇壮活発で、たおれてのちむの気概きがいが充分に充ち満ちて実に勇ましく聞こえるです。だから子供などは大いに悦んでその強盗の歌を謡うて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
たのむは、日本男児の気概きがいのみ、強豪きょうごう伊太利と英国を向うに廻し、スタアトからピッチを三十七に上げ、力漕、また力漕、しかも力およばず、千メエトルでは英国におくれること五艇身
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その時分の事を今の貴方がたに比べると、われわれ時代の書生というものは乱暴で、よほど不良少年という傾き——人によるとむしろ気概きがいがあった。天下国家を以て任じて威張いばっておった。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
の態を、誘降の敵使に示し、敵使のどぎもを抜いて追い返した——あの若き権六勝家の気概きがいや、いま何処いずこにある?
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
司馬仲達しばちゅうたつッかけまわす孔明こうめいのごとき高き気概きがい。なんだか、自分ひとりの威勢いせいのために、咲耶子さくやこ胡蝶こちょうじんげくずれてゆくような気持がして——。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわせて、六百に足らない小人数であったが、平八郎の意気は、小牧を出るときから、乾坤けんこんを呑んでいた。二万の敵軍何ものぞ、一猿面公、何するものぞ、という気概きがいだった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まるで、成っていない刀の味だったが、気概きがいは偉い、意気は愛すべしだ——と思って、今日は、貴公の訪問を、実は、目釘めくぎをしめして待ちかまえていたのに。——勝負もせず、帰るのか
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「安土の御普請ごふしんにあたって、右大臣家からお招きがあっても、彼のみはおことわりして、名利にも権勢にも屈しなかった。何ぞ、亡主のあだ障壁しょうへきえがかんや——という気概きがいを抱いておるものとみゆる」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)