“棹(さをさ)” の例文
良佐は茶山への附合に、舟を同じうして佐屋川に棹(さをさ)した。「数派春流一短篷。喜君迂路此相同。」上(かみ)に云つたとほり、訣別したのは四日市である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
正に此新潮に棹(さをさ)して彼岸に達しようと焦慮(あせ)つて居る人なので、彼自身は、其半生に種々な黒い影を伴つて居る所から、殆ど町民に信じられて居ぬけれど
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
棹(さをさ)して小舟を洞窟のうちにやれば、たちまち身は凄まじきものの呼吸に触るるをおぼゆ、袖のあたり、頭のうへ、船べりのもと、悉く、危き岩石の牙を噛めるにあらざるはなく
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
論じて此(こゝ)に到れば、吾人(われら)は今文明の急流中に棹(さをさ)して、両岸の江山、須臾(しゆゆ)に面目を改むるが如きを覚ふ、過去の事は歴史となりて、巻を捲(ま)かれたり、往事は之れを追論するも益なし
日(ひ)に水(みづ)の影(かげ)もさゝぬのに、其(そ)の四阿(あづまや)をさがりに、二三輪(にさんりん)、眞紫(まむらさき)の菖蒲(あやめ)が大(おほき)くぱつと咲(さ)いて、縋(すが)つたやうに、倒(たふ)れかゝつた竹(たけ)の棹(さを)も、池(いけ)に小船(こぶね)に棹(さをさ)したやうに面影(おもかげ)に立(た)つたのである。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
流れに棹(さをさ)して溯(さかのぼ)る船や、それから渦卷く流れに乘つて曳船に曳かれ水沫(しぶき)を飛ばし乍ら矢の如く下つて行く船を、彼は欄干に顎を靠(もた)し、元氣のない消え入るやうにうち沈んだ心地で
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
或るときは共に舟に棹(さをさ)して青海原を渡り、烟立つヱズヰオの山に漕ぎ寄せつるに、山は全(また)く水晶より成れりと覺しく、巖の底なる洪爐(こうろ)中に、烟(けぶり)渦卷(うづま)き火燃え上るさま掌(たなぞこ)に指すが如くなり。
正に此新潮に棹(さをさ)して彼岸に達しようと焦慮(あせ)つて居る人なので、彼自身は、其半生に種々(いろん)な黒い影を伴つて居る所から、殆ど町民に信じられて居ぬけれど
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)