桎梏しっこく)” の例文
さりとて西行法師の真似びを追うて安らげる自分でないし、また周囲の桎梏しっこくは、そんな逃げなどゆるさぬ時代とも知っていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久しく桎梏しっこくに苦しんで来た黒人も今では合衆国民として白人同等の地位に置かれ、嬉々として泰平の恩沢に浴するに至った。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
結局唯物史観の源頭たるマルクス自身の始めの要求にして最後の期待は、唯物の桎梏しっこくから人間性への解放であることを知るに難くないであろう。
想片 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
より政略の桎梏しっこくの少い下級武士や庶民生活の中では、女性の生活が、文盲ながら幾らか明るさ、健全さを持っていたことを、狂言は語っている。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
人間性を信じ、人間に対して絶望をしない私達もいかんともし難い桎梏しっこくの前に、これを不可抗の運命とさえ思わなければならなくなってしまった。
人間否定か社会肯定か (新字新仮名) / 小川未明(著)
一方をのがれようとしてまたそこに桎梏しっこくかせを打たれてしまった。それからの四、五年は播重と呂昇との暗闘であった。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
戦後、吉本興行部の桎梏しっこくを離れた上方落語界だが、私が西下した頃の斯界は吉本のひと手に統合され、その暴威をほしいままにされていた時代だった。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
アポロンの琴、ニムフの柔肌やわはだ、肉と酒と踊りだ、ギリシア人が幸福だったのは知的桎梏しっこくから自由だったからさ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、そう思って見る時、公の面貌に甚だ悲壮な、惨澹さんたんたる懊悩おうのうの影が現れ、勇ましい鎧武者の姿が、残虐な桎梏しっこく呻吟しんぎんしている囚人の如くに映じて来る。
この北方の都は幸に捨てねばならぬ伝統の桎梏しっこくを持たず、緑の樹間に白雲を望む清澄の空気は、壊滅の後の文化再建を考えるにこの上もなくふさわしいようである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
原田氏は、二人が無事にぬけ出したのを見ると、ひじと肩を使って微妙に身体をひねりながら、恐ろしい重さでのしかかってくる岩盤の桎梏しっこくのしたからツイとすりぬけた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
印度婦人は幕組織バルダーシステムという社会制度の桎梏しっこくわずらわされて一切の異性との交際を厳禁せられ、いかにすべての世相に背を向けて家庭内に蟄居ちっきょした生活を送っているかということなぞ。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
従来の一定の規則にくぎづけされたソナタ形式やロンド形式や歌謡形式は、もはや過去の桎梏しっこくでしかあり得ないとし、ここにきわめて自由な想像力と、創作力の飛躍に相応するために
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼の人生へ対する役割は、こうした薄命な悲惨と煩悶はんもんとの桎梏しっこくであろうか。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
私は来るべき工藝の祝福せられた運命を、何人も求め得る価低き作物の中に見出そう。そうしてこのことはいつか価格にまつわる桎梏しっこくからの離脱を、来るべき社会のために準備するであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この一ギリシャ人の箴言しんげんはヨーロッパ文明を花咲かせるとともに、その桎梏しっこくともなった。この標石に身をもってぶつかり、その彼方の土を踏んだ人間は、アルチュウル・ランボオただ一人である。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
国士という桎梏しっこくから全く解放されたものは先ずなかった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
詩人とは、その表現の材料を、即ち言葉を智的生活の桎梏しっこくから極度にまで解放し、それによって内部生命の発現を端的にしようとする人である。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
社会の耳目をそばだたせたおりに——無気力無抵抗につくりあげられた因習のからを切り裂いて、多くの女性を桎梏しっこくおりから引出そうとしたけなげなあなたを
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして人々は今、形式の桎梏しっこくに悩んでいる。これから解放されなければ——即ちこの鉄鎖てっさをたたなければ、そこにほんとうに新しい新人生は生まれて来ない。
童話に対する所見 (新字新仮名) / 小川未明(著)
王女の桎梏しっこくを脱け出して、たった一日、庶民生活の中を遊びまわる姫君を仮りて「王侯生活も羨ましいものではない」ということを、お説教でなくあの映画は
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
パデレフスキーは選ばれて波蘭ポーランド代表となり、ヴェルサイユの媾和こうわ会議に出席して、樽爼そんそ折衝を重ね、遂に波蘭ポーランドは百年の桎梏しっこくを免れて、光輝ある再建国となったことは、大方の知られる通りだ。
おりを蹴破り、桎梏しっこくをかなぐりすてた女性は、当然あるたかぶりを胸に抱く、そこで古い意味の(調和)古い意味の(諧音)それらの一切は考えなくともよいとされ
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
赤裸せきらな慾情にひたっている行状どおり、何の虚飾なく、桎梏しっこくなく、ただの人間という以外の何者でもなく、考えたいように自由に考えてみた自己の結着というものである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人の望みによって武子さんの生涯は定まってしまったのに、それを望んだ人は死んでしまって、妻という名の、桎梏しっこくかせをはめられて残された武子さんの感慨は無量であったろう。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
燁子あきこさんにしても、人世の桎梏しっこくの道を切開きりひらいて、血みどろになってこられたかたたちだ、その人の心眼に何がうつったか? ただ、寂しい心情とのみはいいきれないものではなかったろうか。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おり蹴破けやぶり、桎梏しっこくをかなぐりすてた女性は、当然あるたかぶりを胸にいだく、それゆえ、古い意味の(調和)古い意味の(諧音かいおん)それらの一切は考えなくともよしとし、(不調和)のうちに調和を示し
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その中へ引きいだされた彼女は、慾をすてていたのでそれが何よりもの味方で心強かった。彼女はこじれた金などはもう取りたくなかった。それよりも早く自由な身になって桎梏しっこくからのがれたかった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)