杵柄きねづか)” の例文
「ハハ。恐れ入りまするが手前も昔取った杵柄きねづか……思い寄りも御座いまするでこの場はおかせ下されませい。これから直ぐに……」
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
平生ひごろ小六こむずかしい顔をしている先生の意外な珍芸にアッと感服さしたというのはやはり昔し取った杵柄きねづかの若辰の物真似であったろう。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
四年生から後を投手として主に運動場で通した、可なり鳴らした。昔取った杵柄きねづかで、今でも社のチームの投手を承わっている。
善根鈍根 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
亭主は泣き出しそうな顔をして着物を脱ぐと、それでも昔取った杵柄きねづか、すっかり三助になりすまして店の方へ出て行きました。
一文字に結んだ唇のはしには、強い意志さえうかがわれた。昔取った杵柄きねづかとでもいおうか、調べ方は手堅くて早く、かがんだかと思うと背伸びをした。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昔取った杵柄きねづかだ、腕に覚えがありますから、こりゃ強うがす、覚悟をして石滝へ入ろうとすると、どうでございましょう。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その道にかけては、わたしも昔取った杵柄きねづかで、今の人たちがやるのを見ていると、間緩まだるくて腹が立ってたまりません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、呶鳴どなるように言っていたくらい、随分尽してやったものだ。印刷は無論ただ同然で引き受けてやったし、記事もおれが昔取った杵柄きねづかで書いてやった。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あら、昔とった杵柄きねづかに、都鳥の一曲ですって、冗談じゃありませんよ。こんなお婆ちゃんの声、面白くもない。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
黒吉は、昔とった杵柄きねづかの、源二郎爺に呼吸を教わりながら、いよいよ恐ろしい曲芸の稽古にとりかかった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
折々は黄金丸が枕辺にて、有漏覚うろおぼえの舞の手振てぶり、または綱渡り籠抜かごぬけなんど。むかとったる杵柄きねづかの、覚束おぼつかなくもかなでけるに、黄金丸も興に入りて、病苦もために忘れけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
こんな為事は昔取った杵柄きねづかで、梅なんぞが企て及ばぬ程迅速に、しかも周密に出来る筈のお玉が、きょうは子供がおもちゃを持って遊ぶより手ぬるい洗いようをしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
さすがに昔取った杵柄きねづかで、腰がしゃんと極まって、少しの危なげもないばかりでなく、時々、あっと思うような離れ技を演ずる。これには場内の日本人たちが皆呆気あっけに取られた。と云うのであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
亭主は泣き出しさうな顏をして着物を脱ぐと、それでも昔取つた杵柄きねづか、すつかり三助になり濟して店の方へ出て行きました。
性質たちの良くない酒呑さけのみ同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄きねづかで、そんな客をうまくさばくのに別に秋波をつかったりする必要もなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
家令家扶堪えかね、目配めくばせして、「山本、熊田、其奴そやつたたけ。」と昔取りたる杵柄きねづかにて柔術やわらも少々心得たれば、や、と附入りて、えい、といいさま、一人を担いで見事に投げる。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そののち叔父はうすたれ、かれは木から落猿おちざるとなつて、この山に漂泊さまよひ来つ、金眸大王に事へしなれど、むかしとったる杵柄きねづかとやら、一束ひとつかの矢一張ひとはりの弓だに持たさば、彼の黄金丸如きは
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
むかし取った杵柄きねづかではなく、むかし鍛えた軽業の身のこなしでもあろうけれど、この女の勝気がいちずに、不人情を極めた手前勝手な船頭の手から逃れて、これに反抗を試みようとして
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「しかし昔取った杵柄きねづかだから、材料さえあれば書けるだろう?」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こわしにかかった、——俺は昔取った杵柄きねづかで、感を働かせて石垣の間から香炉を見付け、その翌る晩玉屋へ返したが、——
「そうしなさい、拙者もこれで米搗きは苦労したものだよ、昔取った杵柄きねづかだよ」
こはしにかゝつた、——俺は昔取つた杵柄きねづかで、感を働かせて石垣の間から香爐を見付け、その翌る晩玉屋へ返したが、——
もう殺傷事件の外交をするような若い記者ではありませんが、眼と鼻の間で起った事件というと、昔取った杵柄きねづかで、さすがに猛烈な職業意識が働きかけます。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「辨次が槍を持出して物置に置くと、昔取つた杵柄きねづかで、それを杖にして雪隱の外に忍び寄り、頭の上に構へてズブリと突いた、——土の上に小さい穴のあつたのは槍を杖に突いて行つた爲だ」