朝寒あささむ)” の例文
夜具を退けて、床を離れる途端とたんに、彼女は自分で自分の腕の力を感じた。朝寒あささむ刺戟しげきと共に、まった筋肉が一度に彼女を緊縮させた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茶柳条ちやじまのフラネルの単衣ひとへ朝寒あささむの羽織着たるが、御召縮緬ちりめんの染直しなるべく見ゆ。貫一はさすがに聞きも流されず
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
茶屋の座敷に上って見ると、もう玄適と良沢とが、朝寒あささむの部屋に火鉢を囲いながら向い合っていた。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今年の秋もあわただしく暮れかかって、九月のこよみも終りに近づいた。鴨川の水にも痩せが見えて、河原の柳は朝寒あささむに身ぶるいしながら白く衰えた葉を毎日振るい落した。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、いたずらに責めるばかりで、何一つ然るべき処置も取らない内に、残暑はまた朝寒あささむに移り変って、とうとう所謂いわゆる華燭かしょくの典を挙げる日も、目前に迫ったではございませんか。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時雨しぐれもやいの朝寒あささむにおびえて鳥肌をたてている、眼ばかり美しい山川の細い白い顔を見ていると、この男は、もう生きて帰ってくることはあるまいという冷酷な感慨がわき
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
毎朝まいちょう役所へ出勤する前、崖の中腹ちゅうふくに的を置いて古井戸の柳を脊にして、凉しい夏の朝風あさかぜ弓弦ゆみづるならすを例としたがもなく秋が来て、朝寒あささむある日、片肌脱かたはだぬぎの父は弓を手にしたまま
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
紫の露かと見えて、慄然ぞっとする朝寒あささむ
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝寒あささむの老を追ひぬく朝な/\
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
朝寒あささむや生きたる骨を動かさず
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朝寒あささむの時の太鼓を今責め打つ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)