のび)” の例文
宿屋の方でも直ぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずからのびやかな気分が作られていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私達は南風に吹かれながら、ふわりふわりと原の上を飛んでいる雲のように足も軽く、のびやかな気持ちで歩みを続けた。
春の大方山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そのために、私たちが自身の精神を強壮にもどし、のびやかなものとし、自身をしっかりと歴史に立たせるために、今日するべきことは何であろうか。
現代の主題 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
のびやかなものが翼を拡げて人々の心が晴やかに輝いていた。然しその外界の快活が却って私の心を重苦しく圧えつけた。私は一人下宿の室に閉じ籠っていた。
運命のままに (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
どうかもう少しのびやかに稀れにはおくつろぎ下さるこそ、われわれ麾下きかの者も、かえって歓ばしくこそ思え、毛頭、丞相の懈怠けたいなりなどとは思いも寄りませぬ
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低めて唄ったもののそれはのびやかで楽しそうだった。良人の画家も列座と一しょに手をたたいている。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
朝の光線も、空気も、庭の木々も、そこへ遊びに来る小鳥も、すべてが快い感じを与える朝だというように、主膳は珍しくのびやかな、ゆったりした気分になりました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今宵は芝蘭しらんの鉢の香りゆかしき窓、茶煙一室をめ、沸る湯の音のびやかに、門田の蛙さへ歌声かせいを添へて、日頃無興にけをされたる胸も物となく安らぎ候まゝ、思ひ寄りたる二つ三つ
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さしつむしゃくおさえて御顔打守うちまもりしに、のびやかなる御気象、とがだてもし玉わざるのみか何の苦もなくさらりとらちあき、重々の御恩にのうて余る甲斐かいなき身、せめて肩め脚さすれとでも僕使つかい玉わばまだしも
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ほのぼのと歌ひあげゆく声きけばのびうらがなしうつくしき揺り
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その囃子の音を聴きながら柚湯のなかに浸っているのも、歳の暮れのせわしいあいだに何となく春らしいのびやかな気分を誘い出すものであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人生を愛し、熱心にそこを生きて行こうとするほどの者は、誰しもこの社会の人間関係のより豊富さ、よりのびやかさ、より豊饒な発育性を切望しているのが本心と思う。
異性の間の友情 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それも何かを思い耽ってるという風ではなく、顔付も眼付ものびやかになって、何だかこう夢をでもみてるかのようだった。昼飯を食べようかと云っても、欲しくないとだけ答えた。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
こういう不便が多々ある代りに、むかしの温泉宿は病いを養うに足るような、安らかなのびやかな気分に富んでいた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
久しい久しい間こんなにのびやかで、しずかで愉しい、気持ございませんでした。
その焚火の煙りが夕暮れの寒い色を誘い出すように、籬を洩れて薄白く流れているのも、あわただしいようでのびやかな廓の師走らしい心持ちを見せていた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼が話下手で、自分からのびやかに話題を提供するたちでないのも心配であった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
他の停車場前に見られないようなのびやかな気分を感じさせるのが嬉しかった。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
温泉宿へ一旦いったん踏み込んだ以上、客もすぐには帰らない。宿屋の方でもぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずからのびやかな気分が作られていた。
温泉雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
勿論、文化文政度の江戸時代の人間と、今日の人間とは一緒になるはずもないが、せめて芝居の番附にむかった時などは、やはり昔のような一種の落着いたのびやかな気分でありたいと思う。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)