御衣おんぞ)” の例文
母屋もやの几帳のかたびらひきあげて、いとやをら入り給ふとすれど、みな静まれる夜の御衣おんぞのけはひ、柔らかなるしもいとしるかりけり。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滿座の人々感に堪へざるはなく、中宮ちゆうぐうよりは殊に女房を使に纏頭ひきでもの御衣おんぞを懸けられければ、二人は面目めんもく身に餘りて退まかり出でぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
基経は姫のひつぎに、香匳こうれん双鶴そうかくの鏡、塗扇ぬりおうぎ硯筥すずりばこ一式等をおさめ、さくらかさね御衣おんぞ、薄色のに、練色ねりいろあやうちぎを揃えて入れた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
妃は髪黒くたけ低く、褐いろの御衣おんぞあまり見映えせぬかわりには、声音こわねいとやさしく、「おん身はフランスのえきに功ありしそれがしがうからなりや」
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或る時はにしきあや、等々の織物、或る時はこれも唐土から渡ったと云う珍奇な幾種類もの香木こうぼく、或る時は葡萄染えびぞめ、山吹、等々の御衣おんぞ幾襲いくかさね、———折にふれて何とか彼とか口実を設けては
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「無残や、お姿も見えません。……血にそんだ船や、あなたこなたに、御衣おんぞの袖やら、味方の郎党の死骸は、捨てられてありましたが」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実際、彼女は毎夜ごとに衣裳をとりかえ、帯をかえ、うちぎをかえたのだった。そうでもしなければ到底着つくせないほどの、撩乱りょうらんたる御衣おんぞは、もう着る機会さえもないような気がしていた。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
妃は髪黒くたけ低く、かちいろの御衣おんぞあまり見映せぬかはりには、声音こわねいとやさしく、「おん身は仏蘭西フランスえきに功ありしそれがしがうからなりや、」などねもごろにものし玉へば、いづれも嬉しとおもふなるべし。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
すぐ小さい香筥こうばこをとり出した。それにきのうのもぐさが入っている。有無をいわさず帝に迫って、彼女の白い手はもう御衣おんぞのお背を脱がせにかかる。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
政子は、かえって、機嫌きげんよかった。静をさしまねいて、の花がさねの御衣おんぞを、きょうの纒頭はなむけぞと云って与えた。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みな盛装の花嫁を見ようとするのらしいが、華麗な塗輿ぬりごしのキラめきは過ぎたものの、御衣おんぞの端も見えなかった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらくは、後醍醐も、がばと刎ね起き給うやいな、御衣おんぞ、おはかまをつけるのさえ、やっとの間ではなかったか。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、車の下簾したすだれの裾からは、何さま、みきさきならではと思われるような御衣おんぞの端が垂れ見えていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すずしの御衣おんぞの下に、もえぎの腹巻、太刀を横たえ、えびらを負うた武者姿など、たとえば紅梅が雪を負ったようで、かの平家の公達きんだち一ノ谷の敦盛あつもりも、こうであったかと、おもわせる。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うへ(後醍醐)にも、御引直衣おんひきなほしにて、椅子いすにつかせ給ひて、御笛を吹かせ給ふ。——宰相ノ中将顕家あきいへ、陵王の入綾いりあやを、いみじう尽してまかづるを、召返して、さきノ関白殿、御衣おんぞとりてかづけ給ふ。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御衣おんぞもこれでは。……お帝冠かんむりも、ま新しいのに」