彼方此方あなたこなた)” の例文
「なにせい、この地方に来られたに違いない」と、捜査の手分けを命じ、自身もただ一騎馳け、彼方此方あなたこなたと、血眼ちまなこで尋ねあるいていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬枯の庭園の輝く日さへ一としほ荒寥くわうれうを添ふるが中を、彼方此方あなたこなたと歩を移すは、山木の梅子と異母弟の剛一なり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
一樣に眞黒な服裝の男子は隨意に彼方此方あなたこなたに直立して、何れも純化された技巧的の中音でおもむろに雜談して居る。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
やがて彼方此方あなたこなたの陣屋から炊事の煙りが立ち昇り、馬のいななき犬の吠え声または撃柝げきたくの凛々しい音が、ひとしきり賑かに聞こえたが、それも次第に静まり返り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もし島田虎之助という人が彼方此方あなたこなたの試合の場を踏む人であったなら、机竜之助の剣術ぶりも見たり或いはその評判を聞いたりして、くにさる者ありと感づいたであろうが
芸妓げいぎはお世辞せじ売品ばいひんとし、彼方此方あなたこなたに振りまき、やさしいことをいうて、その報酬ほうしゅうにポチをもらおうとするが、彼らはあからさまにこれをその職業に表していることゆえ、さらに驚くに足りません。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
やや有りて彼はしづかに立ち上りけるが、こたびは更にちかきを眺めんとて双眼鏡を取り直してけり。彼方此方あなたこなたに差向くる筒の当所あてども無かりければ、たまた唐楪葉からゆづりはのいと近きが鏡面レンズて一面にはびこりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
美智子と宗三との声が遠くから、彼方此方あなたこなたに動きながら聞えて来る。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
つぶやきながら、秀吉は床几しょうぎから立った。そして幕舎の外へ出ると、彼方此方あなたこなたに、空の屋根と草のしとねを楽しんでいる武者たちの群が見られた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物売りの声裏悲しく、彼方此方あなたこなたに人の雨戸を繰る音が聞えてよるが来ると、ああ日本の夜の暗い事はとても言葉にはいいつくせません。死よりも墓よりも暗く冷く、さびしい。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それも至って、落着き払った顔して、雑草のい茂っている広い空地を、彼方此方あなたこなた、見まわしながら歩いて来たのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼方此方あなたこなた、踏みやぶる戸障子の物音をもきぬいて、女たちの泣きさけぶ声、呼びう悲鳴が、一層、ここの揺れるいらかの下を凄愴せいそうなものにしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすがに、吉岡門下の一かたまりが見える附近へは立ち入って来ないが、乳牛院の原の彼方此方あなたこなたには、かやのあいだや樹の枝にまで、人の頭が、無数に見えた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兎でも追っていたか、彼方此方あなたこなたを、自然の児となって、縦横に跳びまわっていた騎馬の小姓衆は、どこかで
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
語りながら、なお船楼のとばりのうちで、酒を酌み、またいかりを移し、彼方此方あなたこなた、夜明けまではと、探っていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頷いて、そこに、しゃがみ込んだのは先生せんじょう金右衛門です。彼が死骸のふところをしきりと探っている間に、日本左衛門は彼方此方あなたこなたを、涼しい顔で歩いていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それほど家中の者すべてが何へも手がつかない心地で、ただ彼方此方あなたこなた立評議たちひょうぎをつづけていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼はり上がってしまっている。足もつかずに廊下の彼方此方あなたこなたを、無我夢中で探し廻った。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふいて、彼方此方あなたこなたと、庭木の多い屋敷を歩いて居れば、きっと鷹が聞きつけて降りて来る
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)