奴凧やっこだこ)” の例文
と同時に目の前を、奴凧やっこだこのように肩を張って、威張りに威張りながら通りぬけようとしていたのは、三十二三のぞろりとした男です。
「ちイ……」と、舌打ちをしてかかとを上げたのは、向うへ駈けだしていった子供の奴凧やっこだこが、お綱の白いはぎへからんだのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、まず正月らしいものというので、たこをかんがえた。凧は先年この座で菊五郎の上演した「奴凧やっこだこ」の浄瑠璃がある。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大切りには宙乗り所作事、奴凧やっこだこや雷公が呼び物、もちろん本衣裳で振りも確か、奴凧の狂いなどはらはらさせた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ほほほ、兄さんさぞかし今ごろは奴凧やっこだこみたいに宙に迷っていることだろうよ。御苦労さま、いい気味、ほほほ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と若子さんは屈んで、グイッと上前うわまえを引いた。小宮君は奴凧やっこだこの形になって、よろける真似をした。馬鹿々々しくて見ていられないけれど、今更仕方がない。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ガラッ八の八五郎が、薫風くんぷうふところをはらませながら、糸目の切れた奴凧やっこだこのように飛込んで来たのです。
津田はそでを通したわが姿を、奴凧やっこだこのような風をして、少しきまり悪そうに眺めた後でお延に云った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奴凧やっこだこのような恰好になり、それから先は板のように硬直して空間をしずかに流れていくのだった。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心ない身も秋の夕暮にはあわれを知るが習い、して文三は糸目の切れた奴凧やっこだこの身の上、その時々の風次第で落着先おちつくさきまがきの梅か物干の竿さおか、見極めの附かぬところが浮世とは言いながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
またこの秩父屋の奴凧やっこだこは、名優坂東三津五郎ばんどうみつごろうの似顔で有名なものだった。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
奴凧やっこだこが一つひっからまっていて、春のほこり風に吹かれ、破られ、それでもなかなか、しつっこく電線にからみついて離れず、何やら首肯うなずいたりなんかしているので、自分はそれを見る度毎に苦笑し
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
仕丁 はあ、皆様、奴凧やっこだこ引掛ひっかかるでござりましょうで。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
糸の切れた奴凧やっこだこのように、なぜそうからみ付くんだよ。(旅人に。)まあ、あなたから……。こんながらッぱちのサアビスじゃあお気に入りますまいけれど……。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
供えてあるたア、二三春も存外の知恵巧者だぜ。行く先ゃ奥山だ。奴凧やっこだこのようになってついてきな
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
きりきり舞いをした与吉は、糸の切れた奴凧やっこだこみたいにそのまま裏門からすっ飛んでゆく。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
奴凧やっこだこや風船なら知らぬこと、重いトランクが横に吹き流れて行くとは思われない。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
奴凧やっこだこ、トンビ凧、蝙蝠こうもり凧、剣凧の類、字凧は竜、鷲、魚、蘭の字など、絵凧は達磨、二見ヶ浦、日の出に鶴、乃至は人物の一人立、二人立、牛若、金太郎、頼光、凄いのは猪ノ熊や大入道、熊坂長範
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
源兵衛は両手を枝にかけたままで、奴凧やっこだこのように宙にゆらめいているのである。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三幕目は金助が鯱鉾を盗むところで、家橘の金助が常磐津ときわづつかって奴凧やっこだこの浄瑠璃めいた空中の振事ふりごとを見せるのであった。わたしは二幕目の金助の家を書いた。ここはチョボ入りの世話場せわばであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)