墨痕ぼっこん)” の例文
かすかなる墨痕ぼっこんのうちに、光明の一きょを点じ得て、点じ得たる道火どうかを解脱の方便門よりにないだして暗黒世界を遍照へんじょうせんがためである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
清さんと一緒に出てみますと、入口に立てかけた大看板に(只今オリムピックボオト選手一同御来店中)と墨痕ぼっこんあざやかに書いてあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
墨痕ぼっこんあざやかだけれど、浩郎としてあるからは、お父さんだ。お父さんの字は決して巧い方でない。習字の先生が採点したら、精々乙上おつじょうだろう。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「火急の際ぢや、ええと何かいい文句はないかいな」と呟いたところを見ると、文句もどうやら有り合せらしいが、墨痕ぼっこん淋漓りんりとしてさすがだつた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
と、なすり付けてある墨痕ぼっこんでありました。その不敵な筆法は、これに目をみはるものを嘲るように生々なまなまとした墨色すみいろです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
墓標には墨痕ぼっこんあざやかに「片岡浪子の墓」の六字を書けり。海軍士官は墓標をながめて石のごとく突っ立ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
隠居の家の板戸に斜めに貼ってあったのは、見覚えのある玄内のお家流、墨痕ぼっこんあざやかにかしやの三字であった。
当るを幸い——主膳は机の上のすずりをとって、発止はっし唐紙からかみへ向って投げつけました。硯の中には宿墨しゅくぼくがまだ残っていた——唐紙と、畳に、淋漓りんりとして墨痕ぼっこんが飛ぶ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
如来の右手の中指に、まだ墨痕ぼっこんも新しく、斉天大聖到此一遊とおのれの筆跡で書き付けてある。
私が二葉亭から請取った何十通の手紙の中でこれほど墨痕ぼっこん淋漓りんりとした痛快なものはない。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
墨痕ぼっこんあざやかに書かれてあったのは、右のような不思議きわまりない幾文字かでした。
それは何人だれが書いたともわからぬ「金毘羅大神こんぴらだいじん」の五字を横にならべた長さ五尺ばかりの額で、よほど昔のものと見えて、紙の色はなりと古びて居るが、墨痕ぼっこんは、淋漓りんりとでも言おうか
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
見ると意外! 墨痕ぼっこん美しく書かれた句は、(霜を見る蛙は百舌の沓手かな)。
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
六月の陽が照りはえた。ま新しい冠木門かぶきもんの柱にさげた標札には、大きな字で開拓使と書き出されている。墨痕ぼっこんあざやかにのびのびと書かれた文字であった。右手には馬繋うまつなぎ場も出来ている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「懸賞」と赤インキで二重丸をうった見出しで、「ラジウムを発見したる者には、金五百円也を呈上ていじょうするものなり」と、墨痕ぼっこんあざやかにしたためてあった。この掲示が出て騒ぎは一段と大きくなった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
気いっぱいな墨痕ぼっこんで、それを書いて、すぐ焚火たきびで乾かした。桂は、旗のなかへ、金をくるんで、露八の手へ持たせた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
えり首のところから短冊たんざくほどの紙きれが背中へつるさがっていて、墨痕ぼっこんあざやかに『花岡の家来』と書いてある。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
墨痕ぼっこん淋漓りんりと自ら退屈男の書きしたためたのは実に次のごとき大文字です。
ところが翌朝、盧俊儀ろしゅんぎは何思ったか、同勢出発という間際になって、衣裳箱の白絹を取り出してそれを旗四枚に仕立てさせ、一りゅうごとに一ぎょう墨痕ぼっこん淋漓りんりとこう書いたものである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長押なげしに「比翼連理ひよくれんり」という横額がかゝっている。墨痕ぼっこんだ新しい。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)