“喜(この)” の例文
呉起(ごき)、人(ひと)と爲(な)り、(九六)節廉(せつれん)にして自(みづか)ら(九七)名(な)を喜(この)む。君(きみ)、因(よ)つて先(ま)づ武矦(ぶこう)に言(い)つて曰(い)へ
孔子、晩にして易を喜(この)み、彖(たん)、繋(けい)、象(しょう)、説卦(せっか)、文言(ぶんげん)を序(つい)ず。易を読み、韋編(いへん)三たび絶つ。曰く、我に数年を仮し、かくの若(ごと)くせば、われ易に於て則ち彬彬(ひんぴん)たらん。(『孔子全集』、一九六五)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
注に帯は小蛇なり、螂蛆喜(この)んでその眼を食らう、『広雅』に螂蛆は蜈蚣なり、『史記』に騰蛇これ神なるも螂蛆に殆しめらる、『抱朴子』に〈南人山に入るに皆竹管を以て活ける蜈蚣を盛る
韓非(かんぴ)は韓(かん)の(四四)諸公子(しよこうし)也(なり)。刑名法術(けいめいはふじゆつ)の學(がく)を喜(この)む、而(しかう)して(四五)其歸(そのき)は黄老(くわうらう)に本(もと)づく。非(ひ)人(ひと)と爲(な)り口吃(くちきつ)し、(四六)道説(だうぜい)すること能(あた)はず、而(しかう)して善(よ)く書(しよ)を著(あら)はす。李斯(りし)と倶(とも)に荀卿(じゆんけい)に事(つか)ふ。