咳声しわぶき)” の例文
そう二つの部屋をつないでいる横の長い棟の——先刻さっきからしんと閉めきっている窓障子の一室には、四男の右門が咳声しわぶきもしていなかった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咳声しわぶきの隣はちかき縁づたい」に「添えばそうほどこくめんな顔」は非同時性アシンクローネモンタージュであり、カメラの回転追跡(Nachpanoramieren)である。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
反響ひびきのみはわが耳にち来れど咳声しわぶき一つ聞えず、玄関にまわりてまた頼むといえば、先刻さき見たる憎げな怜悧小僧りこうこぼうずのちょっと顔出して、庫裡へ行けと教えたるに、と独語つぶやきて早くも障子ぴしゃり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
障子のうちには兄の咳声しわぶきがなおやまずに聞える。客の感情の如何よりも、煎薬せんやくの冷えてしまうことをおそれているふうである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法然門ほうねんもんの人々が出て、代る代るに、念仏門の教えを説いている。聴者は、咳声しわぶきもしないで熱心に聞き入っていた。四郎は、そういう人々を見まわして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い人々ほど、それを考えた。老人は、同時に、自分の生涯の出来事から死までを、毎晩、絵本でも繰るように憶い出し、咳声しわぶきのやむのと同時に眠った。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土下坐どげざして待つ領民の背に、白い霜が立つように思われた。あちこちで咳声しわぶきもする。騎馬の城士はなお再三
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咳声しわぶきのぬしは、兄正成とすぐ感じたが、なんとその咳声の、亡父ちち正遠にそっくりなことよ。——そこに兄妹の亡き父がいるのかと怪しまれもしたほどだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、宗時は、それをも思いりながら、咳声しわぶきもせぬ兵と共に、雨の小やみになった黒い雲を見つめていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信盛もぜひなく口をつぐんだまま彼の落着くのを待っていた。しかし烈しい咳声しわぶきを抑えて病躯をんでいる半兵衛を前にしては、さすがに見ているのも苦しくなったとみえ
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
警固の者、検使役、介錯人かいしゃくにんなど、人は邸上にも邸下にも満ちてはいるが、咳声しわぶきする者はない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
会議の席も、せきとしてしまい、咳声しわぶきをする者すらなかったが、そこへまた、あわただしく
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(自分にも、もしあの朝、安居院あごいの法印と四条の橋で会わなかったら……)と今さらに、その時の機縁に対して、を合わせずにいられない気がする。奥で、咳声しわぶきがきこえた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、あわただしげに、雨光りをくぐッて、妻戸から渡りの板へ駈け出て来る夫婦ふたりが見えた。——母屋おもやの灯は、どこのも暗く揺れ、また、どこかでは、ふと、正成の咳声しわぶきがする。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老人のほうは、執着の薄いわりに、眠りも深くとれないで、毎夜毎夜、今日迄の自分の通って来た生涯を、楽しい絵本でも繰るように憶い出し、咳声しわぶきがやむと共に、呼吸いきやすんだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふすま越しに、やがて叔父の松尾要人かなめの声がする。喘息病ぜんそくやみらしい咳声しわぶきと、感激のない呟きを聞くと、武蔵はまた、ここの家庭の持つ冷たい壁を感じて、隣の部屋でもじもじしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一刀、一刀、また一刀、くうを斬ってはさやにおさめる時のすさまじい彼の気合は、もうしゃれ果てて、何ものか世にあり得ない野獣の咳声しわぶきのようだった。のどはやぶれ手足は血によごれていた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、竹窓の中から、老人のような咳声しわぶきが、炉けむりと一緒に洩れてきた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてわれがちに内へ躍り込んで行った面々も、みな咳声しわぶきにむせ返ってしまい「——火を消せ。火を消すのが先だッ」とばかり、あらまし濡れ縁から外へとびおり、むらがる兵をとくしはじめた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、誰も咳声しわぶきもしなかった。無音から無音へ、ときが過ぎてゆく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、父の咳声しわぶきのおさまった容子に、十兵衛は語をかえて
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水を打ったようにしずまって、論議いかにと咳声しわぶきもしない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、ふと、また、駕籠のうちから洩れる咳声しわぶきを気にして
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咳声しわぶきもない厳粛げんしゅくなうちを、静に、それが一巡した。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥の書斎から咳声しわぶきがきこえたと思うと
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その辺で、今咳声しわぶきが聞えたがの」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばし咳声しわぶきにむせびながら
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)