向岸むこうぎし)” の例文
向岸むこうぎし晩香坡バンクーバから突然だしぬけに大至急云々うんぬんの電報が来て、二十四時間以内の出帆しゅっぱんという事になったので、その忙がしさといったら話にならない。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
渡しを渡った向岸むこうぎし茶店ちゃみせそばにはこの頃毎日のように街の中心から私をたずねて来る途中、画架がかを立てて少時しばらく河岸かしの写生をしている画学生がいる。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母親達にも別段積極的な異議があるらしくなかった。だが、私達は余りに若かった。結婚という様な事柄は、もやを隔てて遠い遠い向岸むこうぎしにあった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おれがいつも自分でも知ることのできないうちに、向岸むこうぎしの暗みへまで吹かれるように動いてゆく。ふしぎに自分でそのちからを知ることができないのだ。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あだか向岸むこうぎしの火事を見る様にかたわらで見ていて如何どうする事も出来ず、ただはらはらと気をんでいたばかりであった。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
向岸むこうぎしへ急ぎますと、勇助は泳ぎを知らんどころでは有りません至って上手で、抜手ぬきでを切って泳ぎながら
福浦というのは、為吉の村の向岸むこうぎしみさきはしにある港で、ここから海上三里のところにあるのでした。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
ただ客を待つ腰掛茶屋こしかけぢゃや毛氈もうせんが木の間にちらつきます。中洲なかすといって、あしだかよしだかの茂った傍を通ります。そろそろ向岸むこうぎし近くなりますと、ごみが沢山流れて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
自分は爺さんが向岸むこうぎしへ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、あしの鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
堤の上の小さい松の並木、橋の上の人影までが、はっきり絵のように見える。自分は永代橋の向岸むこうぎしで電車を下りた。その頃はほとん門並かどなみに知っていた深川の大通り。かど蛤屋はまぐりやには意気な女房がいた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
帆の裏には細い竹を何本となく横に渡してあるから、帆にかどが立つのみか、げる時にはがらがら鳴る。日本では見られない絵である。その間を横切って向岸むこうぎしへ着いた。向岸には何にもない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)