ひと)” の例文
旧字:
彼が死に到るまで、その父母に対してはもとより、その兄妹に対して、きくすべき友愛の深情をたたえたるは、ひとりその天稟てんぴんのみにあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
当時、戯作者といえば一括して軽薄放漫なる聵々者がいがいしゃ流として顰蹙ひんしゅくされた中にひとり馬琴が重視されたは学問淵源があるを信ぜられていたからである。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかもしれないが、これについてはひとえに読者の寛容を祈る次第である。(昭和九年四月『改造』)
学位について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
禍はひとり到らず、悲を破るの勇気無きものはまた新に悲を得るを云へるは東、人情嶮峻にして金を借る時は仏顔をなし、返す時は閻魔顔をなすの陋態を罵れるは西のなり。
東西伊呂波短歌評釈 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
泰助は、幕の蔭よりこれを見て、躍りいでんと思えども、敵は多し身はひとつ、はやるは血気の不得策、今いうごとき情実なれば、よしや殴打おうだをなすとても、死に致すうれいはあらじ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある若き牧牛人蛇山オツエザールの辺に狩りし、友におくれてひとり行く、途上美しき処女が路を失うていたくなげくにい、自分の馬に同乗させてその示す方へ送り往く内、象牙の英語で相惚アイボレーと来た。
ひとえに譃を商売にしているからばかりではない、その言っていることでも、その所作にも、何処までが真個ほんとうで何処までが譃なのか譃と真個との見界みさかいの付かないような気持をさする女性おんなだった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
枕すべき所もなき迫害の荒野に立ちて基督キリストの得給ひしなぐさめは、ひとり天父の恩愛のみでしたか、な、彼に扈従こじゆうせる婦人のきよき同情は、彼が必ず無量の奨励を得給ひたる地上の恵与であつたと思ふ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「イヤこれはこれは、今日は全家うちじゅうが出払って余り徒然つれづれなので、番茶をれてひとりでうかれていた処サ。」と。