卑陋ひろう)” の例文
例えば今私がここへ立ってむずかしい顔をして諸君を眼下に見て何か話をしている最中に何かの拍子ひょうしで、卑陋ひろうな御話ではあるが、大きな放屁ほうひをするとする。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は世の卑陋ひろうさがいやになって、世の中から引退していた。大なる知力と異常な芸術家的天分とをもっていながら、大芸術家となるにはあまりに繊弱だった。
その内に偽善圧制卑陋ひろうの多少横行するにもせよ、これ爾の御名みなを奉ずる教会なれば我何ぞこれを敵視するを得んや、余の心余の祈祷は常にその上にあるなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
十月さく。舟廻槻木ヲテ岩沼ノ駅ニ飯ス。名取川駅ノ東ヲめぐツテ海ニ入ル。晡時ほじ仙台ニ投ズ。列肆れっし卑陋ひろう。富商大估たいこヲ見ズ。独芭蕉ばしょうノ屋宇巍然ぎぜんトシテ対列スルノミ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
然れども世は唯小善の人を以て治むべからず、尋常平凡の人物より成立ちし共和政治は最も卑陋ひろうなる者なり。是故に世は英雄崇拝を要す。而して福沢君は之を教へざる也。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
ベルナルドオが姫を得んと欲せしは卑陋ひろうなる色慾にして、たとかれ一たびその願の成らざるを憂ふとも、渠は月日を費すことなくして、その失望を慰めその遺憾を忘れしならん。
わたくしの苦痛、悟性、正直、卑陋ひろう、愚昧なんといふものが、次ぎのジエネレエシヨンの役に立たうといふものです。外の役に立たないまでも、戒めに位ならうといふものです。
私はその老学者に深い尊敬を払っているが故に、そして氏の生得の高貴な性格を知っているが故に、その言葉のむなしい罵詈ばりでないのを感じて私自身の卑陋ひろうを悲しまねばならなかった。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
卑陋ひろう賤民せんみん扱いにされていた小説等の散文学が、最近十八世紀末葉以来、一時に急速な勢力を得て、今やかえって昔の貴族が、新しい平民の為に慴伏しょうふくされ、文壇の門外にたたき出された。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
其調子の極めて卑陋ひろうにして醜猥しゅうわい無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
恋愛は各人の胸裡きようりに一墨痕を印して、ほかには見ゆ可からざるも、終生まつする事能はざる者となすの奇跡なり。然れども恋愛は一見して卑陋ひろう暗黒なるが如くに其実性の卑陋暗黒なる者にあらず。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
恋愛は各人の胸裡きょうりに一墨痕を印して外には見るべからざるも、終生まっすること能わざる者となすの奇蹟きせきなり。然れども恋愛は一見して卑陋ひろう暗黒なるが如くに、その実性の卑陋暗黒なる者にあらず。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すなわち西洋人が相手の場合には私の卑陋ひろうのふるまいを一図に徳義的に解釈して不徳義——何も不徳義と云うほどの事もないでしょうが、とにかく礼を失していると見て
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所以者何ゆえんはなにといふに、諸芸術はこれを自由競争に一任するとき、その趣味の卑陋ひろうに陥ることを免れざればなり。今の諸国の上流社会は、資産あるものと教育あるものと相分れたり。
亜米利加の思出 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この例は卑陋ひろうであるかも知れないが、理解を容易ならしむる為めにいって見ると、ここに一人の男がいて、肉慾の衝動に駆られて一人の少女をはずかしめたとしよう。肉慾も一つの本能である。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仮令たとい斯くまでの極端に至らざるも、婦人の私に自力自立の覚悟あれば、夫婦相対して夫に求むることも少なく、之を求めて得ざるの不平もなく、筆端或は皮肉に立入りて卑陋ひろうなるが如くなれども
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
地位職分を殊にする者が、この卑陋ひろうなる一室に雑居して苦々にがにがしき思をなさんより、高く楼に昇りてその室を分ち、おのおの当務の事を務むるはまた美ならずや。室を異にするも、家を異にするに非ず。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)