とも)” の例文
実は無知な余をいつわりおおせた死は、いつの間にか余の血管にもぐり込んで、ともしい血を追い廻しつつ流れていたのだそうである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それだけを生きる張合にしていたが、口の端に通うものがともしくなるにつれ、知嘉姫は日増しにものを言わなくなった。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まへにもべたとほり、深海底しんかいていから火山かざんさんする鎔岩ようがん流動性りゆうどうせいんでゐるが、大陸たいりくまたはそのちかくにある火山かざんからさんするものは、流動性りゆうどうせいともしく
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
我がきみの怨敵たらんもの、いづくにかはた侍るべき、まこと我が皇の御敵おんあだたらんものの侍らば、痩せたる老法師の力ともしくは侍れども、御力を用ゐさせ玉ふまでもなく
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
されども世には真正の愛国者にして国人こくじんに捨てられしものその人にともしからず、耶蘇基督いえすきりすとその一なり、ソクラトスその二なり、シピオ、アフリカナスその三なり、ダンテ、アリギエーリその四なり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
結んだ口元をちょろちょろと雨竜あまりょうの影が渡る。鷺草さぎそうともすみれとも片づかぬ花は依然として春をともしく咲いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、ともしい顔で笑ったというのは、聞くだにあわれな話であった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ところどころしまの消えかかった着物の上に、細帯を一筋巻いたなりで、ともしい髪を、大きなくしのまわりに巻きつけて、茫然ぼんやりと、枝をかした梧桐の頂辺てっぺんを見たまま立っている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母がともしい髪を工面して、どうかこうかまげい上げる様子は、いくら上手じょうずまとめるにしても、それほど見栄みばえのあるではないが、それでも退屈をしのぐには恰好かっこうな慰みであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)