主客しゅかく)” の例文
主客しゅかくは一である。しゅを離れてかくなく、客を離れて主はない。吾々が主客の別を立てて物我ぶつがきょうを判然と分劃ぶんかくするのは生存上の便宜べんぎである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
数行すうこう主客しゅかくともに興たけなわとなり、談論に花が咲き、元気とか勝気かちきとかいさましい議論の風発せるあいだに、わが輩は退席せんとして玄関に出た。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その客は服部五郎兵衛はっとりごろべえと云う私の先進先生、至極しごく磊落らいらくな人で、主客しゅかく相対あいたいして酒を飲みながら談論はなしは尽きぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
病室の主客しゅかくが、かく亡きおもかげに対するごとき、言語、仕打を見ても知れよう。その入院した時、既に釣台でかつがれて来た、患者の、危篤きとくである事はいうまでもない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜具はいくらもある、綿は堅いがナ。馳走はせん、主客しゅかく平等と思わっしゃい。蔵海ぞうかい、(仮設し置く)風呂は門前の弥平爺やへいじいにいいつけての、明日あすから毎日立てさせろ。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
主客しゅかくてんとうです。さすがの四十面相も、あまりのことに、あっけにとられてしまいました。そして、たまのないピストルを、地面にほうりだして、思わず両手をあげるのでした。
怪奇四十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
会食の時間となれば賓客ひんかくは三々伍々幾多いくたの卓にって祝杯を挙げ二十余名の給仕人燕尾服えんびふくにて食卓の間を周旋しゅうせんす。名にし負う一年一度の夜会主客しゅかく陶然とうぜんとして歓声場裏に和気の洋々たる事春のごとし。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
主客しゅかくとも、心もちひざをよせ合った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主客しゅかくの対話は途中からであるから前後がよく分らんが、何でも吾輩が前回に紹介した美学者迷亭君の事に関しているらしい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
およそ半時間ばかりも無言で考えた所で、チャント分った。一体れはう云う意味であるが如何どうだ、物事はわかって見ると造作ぞうさのないものだと云て、主客しゅかく共に喜びました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だからその優者の特権をできるだけ緊張させて、主客しゅかく位地いちをあらかじめ作っておく方が、相手の驕慢きょうまんを未前に防ぐ手段として、彼には得策であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところで私を山本の居候いそうろうに世話をして入れて呉れた人、すなわ奥平壹岐おくだいらいきだ。壹岐と私とは主客しゅかくところえて、私が主人見たようになったから可笑おかしい。壹岐は元来漢学者の才子で局量が狭い。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これには吾輩も異存はない。しばらく話しが途切れて吾輩の咽喉のどを鳴らす音が主客しゅかくの耳に入る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども彼から「あの女」の話を聞かされるや否や、主客しゅかくの別はすでについてしまった。それからと云うもの、「あの女」のうわさが出るたびに、彼はいつでも先輩の態度を取って自分に向った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この二種の製作家に主客しゅかく深浅の区別はあるかも知れぬが、明瞭なる外界の刺激を待って、始めて手を下すのは双方共同一である。されど今、わが描かんとする題目は、さほどに分明ぶんみょうなものではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)