“せいい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
征夷38.5%
青衣19.2%
誠意15.4%
征衣7.7%
世夷3.8%
世彜3.8%
勢威3.8%
清衣3.8%
西夷3.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
かしこの威徳衰(おとろ)へたりと雖(いえど)も、さすがは征夷(せいい)大将軍の居城(きょじょう)だ、何処(いずこ)の門も、番衆、見張、厳重にして隙間(すきま)がない。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると、岡のふもとから身に青衣(せいい)をまとい、頭に逍遥頭巾(しょうようずきん)をいただいた人影が、杖をひいて登ってきた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何(なに)も心配(しんぱい)する必要(ひつよう)はなかった。昨日(きのう)通(とお)ったばかりの道(みち)でも、少(すこ)しも退屈(たいくつ)ではなかった。心(こころ)に誠意(せいい)をもって善(よ)い行(おこな)いをする時(とき)には、僕(ぼく)らはなんど同(おな)じことをしても退屈(たいくつ)するものではない、とわかった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
征衣(せいい)のまま昼夜草鞋(わらじ)を解かず、またその間にはしばしば降雪に遇(あ)い、ために風力計凝結(ぎょうけつ)して廻転を止(とど)むるや、真夜中に斫(き)るが如き寒冽なる強風を侵(おか)して暗黒(あんこく)裡(り)に屋後(おくご)の氷山に攀(よ)じ登り
此文を見れば、雲嶺も亦酒を嗜(たし)んだことがわかり、又苾堂が下戸であつたことがわかる。雲嶺は石野氏、名は世彜(せいい)、一に世夷(せいい)に作る、字(あざな)は希之(きし)、別に天均又皆梅(かいばい)と號した。亦(また)駿河の人で詩を善くした。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
此文を見れば、雲嶺も亦酒を嗜(たし)んだことがわかり、又苾堂が下戸であつたことがわかる。雲嶺は石野氏、名は世彜(せいい)、一に世夷(せいい)に作る、字(あざな)は希之(きし)、別に天均又皆梅(かいばい)と號した。亦(また)駿河の人で詩を善くした。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼の過去にてらしてみても、今川義元をうち、美濃の斎藤を略し、浅井朝倉また彼の敵でなく、はや今日ほどな勢威(せいい)を占(し)めうれば、ふつうの人間ならもうそろそろ思いあがるべき頃だ。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔明は恐懼(きょうく)して病褥(びょうじょく)を出、清衣(せいい)して、玄徳を迎えた。彼の病室へ入ってくるなり玄徳はあわてて云った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天子の御叡覧(ごえいらん)にそなえ奉る曠(はれ)の日にてあるぞ。明国(みんこく)、南蛮、西夷(せいい)の国々へまで聞えわたるわが国振(くにぶり)の武家式事(ぶけしきじ)ぞ。心いっぱい豪壮(ごうそう)せよ、美術せよ、われとわが姿と行動とを芸術せよ
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)