雛芥子ひなげし)” の例文
襖の根に置いてある本棚の側に、白い大きな壺に雛芥子ひなげしの花が沢山たばねて揷してあるのが、電気の灯の中に赤く目立つて見えた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
雛芥子ひなげしが散って実になるまで、風が誘うをながめているのだ。色には、恋には、なさけには、その咲く花の二人をけて、他の人間はたいがい風だ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓掛の間から野性の雛芥子ひなげしの燃える樣なの色が見える。四時と云ふのに一分の違ひも無しに巴里の北の停車場ギヤアルに着いた。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
窓掛の間から野生の雛芥子ひなげしの燃える様な緋の色が見える。四時と云ふのに一分の違ひも無しに巴里パリイの北の停車場ギヤアルに着いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
オーストリアからハンガリアの野へかけて、雛芥子ひなげしが所嫌わず生えている。ダニユーブ河は雛芥子とともに太っていく。
欧洲紀行 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その岸には二、三本の大きい柳の枝が眠そうになびいている。線路に近いところには低い堤がのたくってつづいて、紅い雛芥子ひなげしと紫のブリュー・ベルとが一面に咲きみだれている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一昨日からの花の壺の雛芥子ひなげしが、最早もうほろ/\と散り落ちて了つたらしく、その花びらも反古の中に交つてゐた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
此のたびの不思議な其の大輪たいりんの虹のうてな紅玉こうぎょくしべに咲いた花にも、俺たちが、何と、手を着けるか。雛芥子ひなげしが散つてに成るまで、風が誘ふをながめて居るのだ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
木の下には雛芥子ひなげしの紅い小さい花がしおらしく咲いている。ここらへ来ると、時どきは人通りがあって、青白い夏服をきた十四、五の少女が並木の下を俯向うつむきながら歩いてゆく。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雛芥子ひなげしくれないは、美人の屍より開いたと聞く。光堂は、ここに三個の英雄が結んだ金色こんじきこのみなのである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
煙は雪の振袖をふすべた。炎は緋鹿子ひがのこを燃え抜いた。緋の牡丹ぼたんが崩れるより、にじが燃えるより美しかった。恋の火の白熱は、って白玉はくぎょくとなる、そのはだえを、氷った雛芥子ひなげしの花に包んだ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当夜植木だなのお薬師様の縁日に出たついでに、孫が好きだ、と草餅の風呂敷包を首に背負しょって、病中ながらかねて抱主かかえぬしのお孝が好いた、雛芥子ひなげしの早咲、念入に土鉢ながら育てたのを丁寧に両手に抱いて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)