かが)” の例文
静かに線路に下り立った彼は、身をかがめてレールに耳を当てた。遠い黄泉よみの国からかでもあるように、不思議な濁音が響いて来る。
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
それは——床に落ちた書類を拾おうとして、被害者が身体をかがめたところを、その一眼鏡モノクルの絹紐で、犯人が後様うしろざまに絞め上げたと云うのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夜泣松の枝へ、提灯を下げまして、この……旧暦の霜月、二十七日でござりますな……真の暗やみの薄明うすあかりに、しょんぼりとかがんでおります。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この商人がある晩おそく紀国坂を急いで登って行くと、ただひとりほりふちかがんで、ひどく泣いている女を見た。
(新字新仮名) / 小泉八雲(著)
私はかがんでそれを拾ってやって、後をり向くと、女も最後の石段に隻足かたあしをかけて揮り返ったところであった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人は四ツの手を掴み合ったまま、身をかがめて互に隙を窺っていた、早く力のゆるんだ方が喉を絞め上げられるのだ。息を殺して寸分の隙も無く組み合っている。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
土の礫を避けて身体をかがめていたが、大きな石塊がどさりと彼の肩にあたると、突然すっくと身体を起し、胸を張って、正面の敵に向かって毅然きぜんとしてつっ立った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
讃美歌が済み、祈祷が済み、牧師がれを読み出した時には嬉しかった。彼れは何というものか知らないが、彼れの為めに乃公は三時間余も椅子の下にかがんでいたんだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
飢餓のおおかみのようについて歩いて、女房が走ると自分も走り、女房が立ちどまると、自分もかがみ、女房の姿態と顔色と、心の動きを、見つめ切りに見つめていたので、従ってその描写も
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
群集はもとより、立溢たちあふれて、石の点頭うなずくがごとく、かがみながらていた、人々は、羊のごとく立って、あッと言った。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗い晩で、川の水が処々鉛色におも光りがして見えた。石を重りにして磧へ着けてあった渡舟の傍へ往くと、常七はかがんで重りの石を持って舟へ乗り、それから水棹さおを張った。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
勝手にするがいいと思って、落した讃美歌を取る積りでかがむと、衣嚢かくしに入ってた玩具おもちゃのピストルが落ちた。落ちたばかりなら宜いけれどパチッと破裂したから、困ってしまった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「これ、夫の妹、おつかわしめの尼に対して、その形は何じゃい、手をつけ、かがめ、起きされ、起きされ、これ。」
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで、かがんで、毛虫を踏潰ふみつぶしたような爪さきへ近く、切れて落ちた、むすびめの節立った荒縄を手繰棄てに背後うしろ刎出はねだしながら、きょろきょろと樹の空を見廻した。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妙なもので、下木戸の日傭取たちも、申合せたように、揃って、かがんで、空を見る目が、皆動く。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何も聞かないふりをして、かわずが手をもがくがごとく、指でさぐりながら、松の枝に提灯を釣すと、謙斎が饒舌しゃべった約束のごとく、そのまま、しょぼんと、根にかがんで、つくばいだちの膝の上へ
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)