すがた)” の例文
冬の夜明けのあらゆる冷ややかな物のすがたが目の前を通過するのを、目には見ないで心で見つめた。朝にも夕のごとくその幻影がある。
すがたには影が添ふ。香ひにも何かと湿るものがある。銀箔の裏は黝い。裏漉しの香ひそのものこそ香ひらしく染み出して来る。
香ひの狩猟者 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何かを見定めようとしても、まとまったすがたは一つも浮ばなかった。頭がぼんやりして考える力がなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼女の憧れのすがたを、そのまゝ地上に描き出したと思はれて息塞いきづまる程の恍惚に打たれるのです。
女優 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
パリー人の魂はこの劇の中に反映していた。そしてこの劇は、追従ついしょう的な画面のように、彼らの萎靡いびした宿命観、化粧室の涅槃ねはん境、柔弱な憂鬱ゆううつ、などのすがたを映し出していた。
この十六曲の四重奏曲を通してこそ、ベートーヴェンの本来のすがたを知ることが出来るだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
一つの簾を通して、他の簾に映る物のすがたを透かして見る時なぞ、殊に深い感じがする。
短夜の頃 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「アッハッハッ、幻じゃ! 実在ほんものではない仮のすがたじゃ!」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今日や夢みむ、幽玄いうげんすがたをしばし
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
冬、暖気もなく、光もなく、日中にっちゅうもなく、夕方はすぐ朝と接し、霧、薄明り、窓は灰色であって、物のすがたもおぼろである。
勿論、一つの場面も一つのすがたも彼の記憶に残ってはしなかった。けれど、何だかそれをよく知っていたようでもあった。知っていながら忘れていたようでもあった。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
築山の羅漢柏あすはひのき、枝ぶりのくねつた松、ばらばらの寒竹、苔蒸した岩、瓢箪形の池の飛石、みぎは小亭ちん、取りあつめて、そのまま一つのすがたになつてる。動きの無い庭、幽かな庭。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
星は移つても、ものゝすがたの変り模様とても知らぬ唐松の根元に立つた私とその先々代の間に挟まれた時の流れなどは、私自身にしてさへも気づきもされぬ昔ながらの山径だつた。
剥製 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
かろうじて時々はっきりしたすがたを見るだけだった。
すがたうかびぬ、亡妻の
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
地にあってはもろもろの形に現われ、天にあっては諸のすがたに現われる、神秘な創造は、そうであらんことを望んでいる。
何の音も聞えず、何のすがたも見えなかった。ただ盲いた一種の快さが深く湛えていた。と、何処からともなく明るみが差込んできた。その明るみが彼を上へ上へと引上げようとした。
蘇生 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
開いた朝顔がしなへると蕾のやうになる。それもちぢれて蕾の巻いた尖りは喪はれ、香ひのみか色までが揉みくちやだ。その上に落ち散つたすがたを紙巻煙草の吸殻のやうだといへば乾く。
香ひの狩猟者 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
うへえツ/\! といふやうな、くしやみともつかぬ濁音を放つて、空へ向けるZの鼻息の煙りが軒を隔てた私の窓からも、鮮やかな白さで天へ消えてゆくすがたがはつきりと窺はれた。
剥製 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
精神的の方面を大略述べた後に、その物質的方面のすがたを少しく指摘することはむだではないだろう。また既に読者にはそれが多少わかってるはずである。
訳の分らないすがたが入り乱れて、白日夢を見てるような気がした。……と、私ははっと我に返った。縁側に、障子の向うに、誰かがしょんぼり伴んでいた。それがはっきり見えてきた。
理想の女 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
何という完全な楡のすがたであったろう。楡ほど枝ぶりの整った木は珍らしい。殊にそれが老木になったほどたかく、また鬱蒼と張っている。観ていていかにも北方の木の母だという感じがする。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
今記憶を辿ってみると、そのお寺のすがたがはっきり私の頭に刻み込まれたのは、女学校の三年の頃からであるように思われる。そしてまたその年に、あの人の姿を見るようになったのである。
或る女の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
実に一歩山を下れば、其処はもう惨たる地獄のすがたであつた。
また、すがたなき声の網。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鴨のすがた
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)