蠑螈いもり)” の例文
李徳裕その世を惑わすを恐れ、かつて捕えてこれをす、竜またついに神たる能わざるなり〉、これは美麗な大蠑螈いもりを竜と崇めたのだ。
小川屋のかたわらの川縁かわべりの繁みからは、雨滴あまだれがはらはらと傘の上に乱れ落ちた。びた黒い水には蠑螈いもりが赤い腹を見せている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
山神さんじんの石のほこら、苔に蒸し、清水の湧出わきいず御手洗池みたらしいけには、去歳こぞの落葉が底に積って、蠑螈いもりの這うのが手近くも見えた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
彼女は、その封筒の端をソッと、醜い蠑螈いもり尻尾しっぽをでも握るように、つまみ上げながら、父の部屋へ持って行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
真黒になって手足を縛られた人間が、やっと立ち上った形は、大きな蠑螈いもりが天上するような形であります。
お綱よ、命だけは助けてくれ! 死ぬのは怖い! 禅僧の声は遠雷のやうに喉の奥でゴロゴロ鳴り、くひついた蠑螈いもりのやうにお綱の脛にぶらさがつて恐怖のあまり泣きだしてゐた。
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
せいぜい蠑螈いもりくらいの大きさでありまして、それ以上は大きくなりませぬ。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
悲劇マクベスの妖婆ようばなべの中に天下の雑物ぞうもつさらい込んだ。石の影に三十日みそかの毒を人知れず吹くよるひきと、燃ゆる腹を黒きかく蠑螈いもりきもと、蛇のまなこ蝙蝠かわほりの爪と、——鍋はぐらぐらと煮える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前は守宮だといったが、これはこのへんの堀にいる赤腹あかはらだ。守宮なら無花果いちじくの葉のような手肢てあしをしているが、これにはちゃんと指趾ゆびがある。ここに釘づけになっているのは守宮でなくて蠑螈いもりだ。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
女子おなごの事でござりましての。はい、ものにたとえようもござりませぬ。欄間にござる天女てんにんを、蛇がいたような、いや、奥庭の池の鯉を、蠑螈いもりが食い破りましたそうな儀で。……生命いのちも血も吸いました。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
虫類で、彼の嫌いなものは、蛇、蟷螂かまきり蠑螈いもり蛞蝓なめくじ尺蠖しゃくとり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
秋水しゅうすい蠑螈いもり浮みて沈みけり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
見ると、正面の壁のおもてに、蠑螈いもりを二つに斬ってはりつけたように、ピグミーの身体からだが、胴から上と、下と、一尺ばかり間隔をおいて、二つになって、へばりついています。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今ここで武道者を殺害した滝之助は、その血の滴たる鎌を洗うべく御手洗池みたらしいけに近寄った。蠑螈いもりが時々赤い腹を出して、水底に蜒転えんてんするのは、鎌の血と色を競うかとも見えた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
おびただしい蠑螈いもりが身をよじり合いながらメラメラと匍い廻っている。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なんとも言わないで、蠑螈いもりの天上するような形をしてやっと長持をもがき出した黒い人影は、人魚の児が這い出したようにして畳の上をのたくって、竜之助の方へと寄って来るのであります。