肴町さかなまち)” の例文
私は肴町さかなまちを通るたびに、その寺内へ入る足袋屋たびやの角の細い小路こうじの入口に、ごたごたかかげられた四角な軒灯の多いのを知っていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誕生を迎えたばかりの赤ん坊をさらわれた肴町さかなまち煙草たばこ屋さんだって商売もできなくなって店をしまったっていうじゃないか。
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
とほきそのむかしらず、いまのをとこは、牛込南榎町うしごめみなみえのきちやう東状ひがしざまはしつて、矢來やらいなかまるより、通寺町とほりてらまち肴町さかなまち毘沙門前びしやもんまへはしつて、みなみ神樂坂上かぐらざかうへはしりおりて
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この掛合ひが濟んで、芦名光司が歸つて行くと、間もなく肴町さかなまちの津志田家へ行つた筈の八五郎が戻つて來ました。
わたくしはお石さんに暇乞いとまごひをして、小間物屋の帳場を辭した。小間物屋は牛込肴町さかなまちで當主を淺井平八郎さんと云ふ。初め石は師岡久次郎に嫁して一人女ひとりむすめ京を生んだ。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
本郷の肴町さかなまちにある南天堂と云う書店の二階が仏蘭西フランス風なレストランで、そこには毎晩のように色々な文人が集りました。辻潤氏や、宮嶋資夫みやじますけお氏や片岡鉄兵かたおかてっぺい氏などそこで知りました。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
肴町さかなまち十三日町にぎわさかんなり、八幡はちまんの祭礼とかにて殊更ことさらなれば、見物したけれど足の痛さに是非ぜひもなし。この日岩手富士を見る、また北上川の源に沼宮内よりう、共に奥州おうしゅうにての名勝なり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三日目かの朝、駒込こまごめ肴町さかなまちの坂上へ出て見ると、道路は不安な顔付をした人で一杯である。その間を警視庁の騎馬巡査が一人、人々を左右に散らしながら、遠くの坂下からけ上って来た。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
斯う考へると、浅猿あさましく悲しく成つて、すた/\肴町さかなまちの通りを急いだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と寛一君も好奇心が手伝って、肴町さかなまちの方へ向った。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
肴町さかなまちの大旗本、三千石の大身で津志田つしだ谷右衞門のせがれ彌八郎といふ、ニキビの化け物のやうな若樣。
落語はなしか。落語はすきで、よく牛込の肴町さかなまち和良店わらだなへ聞きにでかけたもんだ。僕はどちらかといえば子供の時分には講釈がすきで、東京中の講釈の寄席よせはたいてい聞きに回った。
僕の昔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三人は細かな雨の降る肴町さかなまちの裏通りを歩いていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
二人は肴町さかなまちの通りへ曲った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「親分、肴町さかなまちの兜屋の嫁を一體誰が殺したんです。いつかは訊かうと思つて居ましたが」
「ところがいけませんよ。それを申し立てて、娘をつれて歸るつもりで、肴町さかなまちの津志田屋敷へ行つた筈の市之助が、死骸になつて、船河原町のお濠に浮かんで居たとしたらどうですえ、親分」
「さア、今度はむづかしいぞ。現場を覗いて、肴町さかなまちの道場へ行くんだ」
肴町さかなまちまで行つて下さい。到頭變なことになりましたぜ」
さぞ、肴町さかなまち中に響き渡るように張り上げたことでしょう。
親分にさう言はれると、威張つて肴町さかなまちあたりを