はなだ)” の例文
旅の若い女性によしやうは、型摺りの美しい模様をおいた麻衣を著て居る。笠は浅いへりに、深いはなだ色の布が、うなじを隠すほどにさがつてゐる。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
空ははなだが淡く透きとおって、底からだんだんと黄味を潮し、赤石はわずかに峯角に際立った残照をとどめて、しらじらと蒼ざめる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
クリッとした利巧そうな目で小圓太の次郎吉は、はなだいろに暮れようとしている十一月の夕空の一角を悲し気に見つめていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
をつとはわたしをさげすんだまま、「ころせ」と一言ひとことつたのです。わたしはほとんどゆめうつつのうちに、をつとはなだ水干すゐかんむねへ、ずぶりと小刀さすがとほしました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼の烏帽子には縁もなく矢車のおいかけも着いてはいず、彼は粗末な布地退紅の狩衣にはなだ色の短いはかまをはき、ただ鮫皮を張った柄に毛抜の飾りのついた蒔絵まきえづくりの太刀
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
新調したらしいはなだの背広を着ているが、着なれないとみえて、どこかに借りもののようなところがある。金時計の金鎖をチョッキにのぞかせ、眼鏡も金縁、ステッキの握りも金。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
中絶えばかごとや負ふと危ふさにはなだの帯はとりてだに見ず
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
雲ははやおとろへ散じはなだの色もあせんとす
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
纖雲ほそぐもはなだに長くながれ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
しばしは雲のはなだ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夫はわたしを蔑んだまま、「殺せ。」と一言ひとこと云ったのです。わたしはほとんど、夢うつつの内に、夫のはなだの水干の胸へ、ずぶりと小刀さすがを刺し通しました。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仰ぐともう空ははなだいろに暮れようとしていた。どこからか秋刀魚焼く匂いが人恋しく流れてきていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
さらにまた、底しれぬ絶谷の吐く息が、むらむらと湧き昇る時には、山は一歩退いて、はなだいろの冷漿を浴びたごとくに陰り、しかも時おり、露を結んだ錬鉄の閃めきを射出す。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
一人は濃いはなだ狩衣かりぎぬに同じ色の袴をして、打出うちでの太刀をいた「鬚黒くびんぐきよき」男である。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
死骸ははなだ水干すいかんに、都風みやこふうのさび烏帽子をかぶったまま、仰向あおむけに倒れて居りました。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死骸しがいはなだ水干すゐかんに、都風みやこふうのさび烏帽子ゑばうしをかぶつたまま仰向あをむけにたふれてりました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)