素樸そぼく)” の例文
そして或時思いも寄らず、吾が口を死人の口に近づけたのであろう。口を吸いたりけるに、と素樸そぼくに書いた昔の文は実に好かった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただどこか素樸そぼくなところがあって、この内容に適しているのみならず、時代において先んじていることも認むべきである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
Oの母は肥満した、大きな体格の婦人で、赤い艶々つやつやとしたほおの色なぞが素樸そぼくな快感を与える。一体千曲川の沿岸では女がよく働く、したがって気象も強い。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
途中は一面の大椰子林やしりんで、その奥へ折折をりをり消えてく電車や、床下の高い椰子やしの葉を葺いた素樸そぼく田舎ゐなかやしろがぽつんと林の中に立つて居るのなどが気に入つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸そぼくという点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫のそしりは免がれぬ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その人は、チョンまげを結って、太い鼻緒はなお下駄げた穿き、見るからに素樸そぼくな風体、変な人だと思っていると
六閑堂は甚質素にして閑雅かんがの趣があった。佐藤一斎の記に、「黝堊ゆうあくテ、麤埴そしょくヲ用ヒ彫琢ちょうたくヲ去ツテ素樸そぼくニ従フ。ソノ清迥閑曠せいけいかんこうノ趣、一ニ山人逸士ノ棲止スル所ニ類ス。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玉のほうは三毛とは反対に神経が遅鈍で、おひとよしであると同時に、挙動がなんとなく無骨で素樸そぼくであった。どうかするとむしろ犬のある特性を思い出させるところがあった。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今伝わっているうたいの辞句も、表現がいかにも素樸そぼくであって、室町期の気分が感じられるほかに、一方には寛永の頃、諸国に疫癘えきれいわざわいがあり、鹿島の神輿みこしを渡してそのうれいを除かんことをいのった際に
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まあ何んという素樸そぼくな呼びかたで、いい味があるのだろう。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夏が来れば店先へ椽台えんだいなどを出し、涼みがてらにのんきな浮世話しなどしたもの……師匠は仕事の方はなかなかやかましかったが、気質きだては至って楽天的で、物に拘泥こうでいしない人であり、正直、素樸そぼく
きわめて素樸そぼくなものであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)