短袴たんこ)” の例文
小砂利の鳴る音を聞いたからであるが、振返ってみると帯刀たてわきであった。萱笠すげがさをかぶり短袴たんこに草履ばきで、釣竿つりざお魚籠びくを持ち、餌箱えばこひもで肩に掛けていた。
一方は木綿服に小倉織の短袴たんこを着すれば、他方は綸子りんず被布ひふまとい、儼然げんぜんとして虎皮に坐す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
住民また甚だ太古のふうを存し、は皆齒にでつし、山袴やまばかまと稱する短袴たんこ穿うがち、ことに其の清麗透徹たる山水はく天然の麗質を生じて、世に見るを得べからざるの美すこぶる多しと聞く。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
髪は紅元結べにもといで短くしばり上げ、金の型模様かたおきをした薄革うすかわ短袴たんこに玉の胡蝶こちょうの帯留を見せ、りゅうりゅうたる肉塊で造り上げられたようなその巨体は生ける仁王におうとでもいうほかはない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
維新回天の時やうやく迫れるの頃、長刀短袴たんこの青年にして、文天祥ぶんてんしやう正気之歌せいきのうたを知らざる者なかりしが如く、今の世、杖を学林に曳くものにして、未だ『天地有情』を知らざるものはあらじ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
専六は元秀の如き良師を得たが、うらむらくは心、医となることを欲せなかった。弘前の人はつねに、円頂えんちょうの専六が筒袖つつそで短袴たんこ穿き、赤毛布あかもうふまとって銃を負い、山野を跋渉ばっしょうするのを見た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
稽古着に短袴たんこをつけた隼人が三十余人の門人たちの前に額をあげて立ち、ぱきぱきとよく徹る声で云っていた。
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつて海舟勝翁に聞く、翁の壮なるや、佐久間象山の家において、一個の書生を見る。鬢髪びんぱつよもぎの如く、癯骨くこつ衣にえざるが如く、しこうして小倉織の短袴たんこを着く。曰く、これ吉田寅次郎なりと。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
さらに柴進その人は、巻毛の白馬に覆輪ふくりんの鞍をすえてまたがり、かしらにはしゃ簇花巾ぞっかきんほう(上着)はむらさき地に花の丸紋、宝石入りのたい、みどりじま短袴たんこ朱革しゅがわの馬上靴といういでたち。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
短袴たんこ長刀の講武所すがたで、塾へ通う格太郎のすがたを、隣りのお房は、ちらとでも、見ることが楽しかった。灯ともし頃——もう帰る頃——彼女は、何かの用事をこしらえて、使に出たがった。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)