真間まま)” の例文
旧字:眞間
たとえば、われわれは自分の失恋を詩にすることもできると同時に、真間まま手児奈てこなやウェルテルの歌を作ることもできるのである。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
真間まま手古奈てこなの話などはそっくりだ、とさわは思った。たぶん一つの美しく悲しい出来事が、いろいろな土地に移し伝えられたのであろう。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お粂は、真間ままの紅葉の日に、初めて金吾を見かけた時からの思いが漸く満たされてくる気がしてニッとその側を離れて立つ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日が次第に、この以後くらくなる。唄の声(どこからか聞こえる)ぬしを松戸で、目を柴又しばまたき、小岩したえど、真間ままならぬ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
翁が祖父おほぢの其の祖父すらもうまれぬはるかの往古いにしへの事よ。此のさと一五二真間まま手児女てごなといふいと美しき娘子をとめありけり。
真間まま継橋つぎはしへも参ったことであります。矢張やはりよい景色でござりました。ここにも継橋がございますな」
真間の手古奈 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『万葉集』の勝鹿かつしか真間ままの入江、または麻万ままの浦は果して今の東葛飾ひがしかつしか郡市川市大字真間ままであろうか。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
真間ままで歌会をやって手古奈てこなほこらに詣でたことや、千葉の瀬川氏の別荘へ行って歌をつくったことや、東京湾の観艦式かんかんしきを見るのに川崎におもむいてそこで泊った折りのことや
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
ある時裔一と一しょに晴雪楼詩鈔を読んでいると、真間まま手古奈てこなの事を詠じた詩があった。僕は、ふいと思い出して、「君のお母様は本当のでないそうだが、いじめはしないか」
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
われもひとにも告げむ葛飾かつしか真間まま手児名てこな奥津城処おくつきどころ 〔巻三・四二三〕 山部赤人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
雑木ざふきふく風はしづもり松の風いやさや澄みぬ真間まま弘法寺ぐはふじ (五七頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ある路地のなかには真間ままという代用学校が残っています。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
そういうおくめが、真間まま紅葉見もみじみでどういうことがあったのか、とにかく、相良金吾にはよほど打ち込んでいた様子です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この伝説は真間まま手児名てこな葦屋あしや菟原処女うなひおとめの伝説などと同じ種類のものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「……ウナイ男に慕われて、もう一人の男にも慕われて、どっちへも行けずにママのテコナは、真間ままの入江へ身を沈めて、若い身空を死んでしまったんですものねえ、テコナはほんとうに可哀そうよ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
下総しもふさの国葛飾郡かつしかのこほり真間ままさとに、かつ四郎といふ男ありけり。
葛飾かつしか真間まま継橋つぎはし夏近し二人わたれりその継橋を
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今日は真間まま釈迦堂しゃかどうから遍覧亭へんらんていあたりの今さかりと聞く紅葉もみじ見物に出かけた帰りで、例の部屋住へやずみ気分の座興がつのッて、姉君の女駕をさらって、あとの困り方を想像しながら、ひとりきょうがりつつ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下総しもうさくに葛飾郡かつしかのこおり真間ままさとに、勝四郎という男があった。