まな)” の例文
撫子のしおらしいまなざしが、それまでついぞそんな事はなかったのに、その夜にかぎって私の目のあたりからいつまでも離れなかった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
まな叩く木兔あなづらひ。おのが尾をさやるを知らに。おのが羽をさやるを知らに。枝うつりいよりみだらひ。とよもせるかも。
長塚節歌集:1 上 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
またしても正成が、と言いたげなまなざしである。——彼らの先天的な武士軽視には修正しえない何かがあって
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄色の中折帽なかおれぼう、うすき外套がいとうを着たり。細面ほそおもてにして清くす。半ば眠れるがごときまなざし、通りたる鼻下に白き毛の少し交りたるひげをきれいに揃えて短く摘む。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多數の人間の集會の席に行くと、あちらからもこちらからも、心無き人々の好奇心に輝くまなざしが自分の一身にそゝがれ、中には公然指さして私語する無禮な人間さへある。
正三がこちらの食堂の縁側に腰を下ろし、すぐ足もとの小さな池に憂鬱ゆううつまなざしを落していると、工場の方では学徒たちの体操が始り、一、二、一、二と級長の晴れやかな号令がきこえる。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
年は六十ばかり、肥満ふとった体躯からだの上に綿の多い半纒はんてんを着ているので肩からじきに太い頭が出て、幅の広い福々ふくぶくしい顔のまなじりが下がっている。それでどこかに気むずかしいところが見えている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わがまなざしのなが目ざしとひとつになりて燃ゆるとき
夢ともうつつともつかないようなうつろなまなざしでお前をじっと見つめている私の目を、お前は何か切なげな目つきで受けとめていた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
まなしりはえにしだの木の。たれたるや吾目らかも。口もとは騰波のうみの。眞菰なすまばらの髭。その髭はやなき。
長塚節歌集:1 上 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夫人は時にあらためて、世に出たようなまなざししたが、苫船とまぶねを一目見ると、ぶちへ、さっと——あおざめて、悚然ぞっとしたらしく肩をすくめた、黒髪おもげに、沖のかた
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗く黙している隣人に今更きびしいまなざしを止めると、わざと額に立皺たてじわを刻んだ。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
私はふと口をいて出たその文句が自分の胸を一ぱいにするがままにさせながら、なぜか知ら、撫子の悲しいまなざしをくうに浮べ出していた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どうかすると、ときどき私をそのきつい目でじっと見つめていた。——そのまなざしを私はいまだによく覚えている。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そこの神社の境内の奥まったところに、赤いよだれかけをかけた石の牛が一ぴきていた。私はそのどこかメランコリックなまなざしをした牛が大へん好きだった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その中の一人だけは私達とすれちがつてしまふまで何か夢みるやうなまなざしでぢつと見上げてゐた。
生者と死者 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
そしてそれをしばしば手にすることもあつた學者達はそんなまなざしには少しも氣づかなかつたので、反つて我々には、さういふ彼女たちの歎かひがそつくりそのまま、見知らぬ小禽の叫びにも似て
七つの手紙:或女友達に (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)