淫靡いんび)” の例文
茂太郎の不安は、繁昌と、人気と、淫靡いんびと、喧噪けんそうの室内に置くことで、山海と曠野に放し置くことの、絶対に安全なのを知っている。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
闇に咲く淫靡いんびな女達が、不思議な繁昌を見せているあの柳原土手である、それゆえにこそ、くぐり屋台の六つ七つは当り前だった。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
法然・親鸞の宗教も、淫靡いんびと言われる平安朝の小説も、あの願望と、それから流れ出るやさしい心情とを基調としないものはない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
明治の女子教育と関係なき賤業婦の淫靡いんびなる生活によって、爛熟した過去の文明の遠いささやきを聞こうとしているのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
隣室からは、四壁あたりを驚ろかす上ずった笑い声、それに続いて、佐良井と女共の、酒精アルコール臭い淫靡いんびな声が筒抜けに聴えます。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
裸体は希臘ギリシャ羅馬ローマの遺風が文芸復興時代の淫靡いんびふうに誘われてから流行はやりだしたもので、希臘人や、羅馬人は平常ふだんから裸体を見做みなれていたのだから
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからは朝鮮語で奇をてらうような、或は淫靡いんびを極めたような文章を綴って低俗な雑誌へ方々売り込みに歩いた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
それに、田舎は存外猥褻わいせつ淫靡いんびで不潔であるということもわかってきた。人々の噂話うわさばなしにもそんなことが多い。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
身体を養う食物には不衛生的の者が多く、精神を養う言論文章に不潔淫靡いんびなる者が多いようでは国民の心身次第に腐敗してしまうね。アハハ実に困ったものさ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それに町家の音曲おんぎょくは何ういうものか淫靡いんびなところがございまして、迚も私共の家庭には入れられませんからね。同じ近所迷惑なら、矢張りお謡曲でございますよ、殿方の芸事は
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その間にけばけばしい色彩で壁に淫靡いんびな裸体女と踏みにじられた黒人を描いて、思わせ振りな暗い入口が五六段の階段の上についている食しんぼう小屋ラ・バラック・ド・グウルユのようなものが混っている。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
相変わらずさかんなのは江戸の芝居でも、怪奇なものはますます怪奇に、繊細なものはますます繊細だ。とがった神経質と世紀末の機知とが淫靡いんび頽廃たいはいした色彩に混じ合っている。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幸か不幸か中学時代から淫靡いんびな文学に耽溺たんできして居た御蔭で芸が身を助くるとでもうのでありましょうか⦅玉ノ井繁昌記⦆とか⦅レヴュウ・ガァルの悲哀⦆とか云う低級なエロ読物を
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
私はあま橋立はしだてというところへ行ったが、遊覧客の主要な目的はミヤジマの遊びであったし、伊勢大神宮いせだいじんぐう参拝の講中がねらっているのも遊び場で、伊勢の遊び場は日本に於て最も淫靡いんびな遊び場である。
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
淫靡いんびな視線が、千浪の腰、脚のあたりに、絡むように吸いついて。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
スタイン発掘品などの写真を見ると、同じく女の裸体を画いても、インドほど淫靡いんびな感じを与えない。仏像彫刻もはるかに清純の度を増している。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ここにいたって客の小山笑い出し「アハハ君の攻撃も随分皮肉だね。それでは家庭教育論が文学論になってしまう」中川「イヤさ、これが家庭教育に大関係あり。文明の進歩した清潔なる家庭に果して猥褻わいせつなる小説や淫靡いんびなる文学を ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それに比べてインド人の趣味は明らかに淫靡いんびであった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)